「方丈記」は無常を超えて、
先日の夜、閉店間際に、たまたま入った横浜の書店の店頭に、"800年の時を経て蘇る方丈記"(徳間書店)と、"80年目に明かされる満洲建国の真実"(歴史街道、PHP研究所)が、目に飛び込んで来て、私は、半ば衝動的に購入した。
これは、私が、読まなければならない"縁"であったと思う。
1212年、戦乱の続く末法思想の世、鴨長明は「方丈記」を書いた。まるで琵琶の音の調べのような、「ゆく河の流れは絶えずして、・・・・・」。
方丈記は五部から構成されていて、冒頭がその有名な句、第二部では、天変地異・大火・飢饉・大地震など、人の一生は、予想や計算のできない無常なものであることを説いている。
第三部では、自身の幸せだった幼少期・その後の不運・不遇と、出家の経緯。 第四部では、山里での平穏な日々、草庵での自然との共生の安らぎ。
終章では、草庵・自然を愛する気持、そして、その愛する気持、執着することが、仏の道に背いてないか、自らに問いかけて終わる。
私は、ホッとした。鴨長明は、無常を超えて、差し込む"無我"の光を、確かに見ていたのだと思った。私は、嬉しかった。
"無常と無我を一緒に見る力量"がなければ、無常は、ただ悲しみのまま。無常は決して寂しいことではない。これも、住職に教えられたこと。 「方丈記」の終章は、心地よい安らぎだった。
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