珠玉の言葉、師の言葉、両親の言葉、
昨日、長く書棚に置いてあった満洲・鳳城会の方の戦争体験記を読み返していた。不図、作者の高木幹夫さんが新人教師であられた頃、教室に飾るために、お父様に書いて貰ったと云う言葉に、暫く、釘づけになるくらい、感動にふるえた。
「憂きことの、尚、この上に積もれかし、限りある身の、力試さん」
儒学者・中江藤樹の弟子・熊沢蕃山の言葉だと云う。「憂きことよ、積もれ積もれ、ドンドンと、私は、それに決して負けはしないのだから」、こんな言葉が、誰に吐けようか。私は、咄嗟に母を想った、住職を想った、父を想った。
自分に艱難辛苦が押し寄せるのを歓迎しているのだ、何でも来いと。悲しみさえも、苦しみさえも、楽しもうとさえしているこの強さは何だと驚嘆する。泣けて来るほどの神々しい強さ。住職が、日頃教えてくれる強さは、この強さなのだ。
蕃山は、貧しい農村に生まれ、子供の頃から野菜の行商をしながら、二つ山を越した中江藤樹のもとへ頻繁に行き、身分が卑しいが故に、庭で武士達への講義を聴かせて貰って学んだと云う。来るのに、二つも山を越しては大変なので、藤樹が、うちの馬小屋に住まぬかと促すと、働いたあと、二つ山を越えてお話を聴きに来ると云うのが、私の学びの励みになりますのでと、答えたと云う。
満洲は、私の両親の人生が詰った場所、満洲で生まれた高木さんが、私に贈ってくれた、珠玉の言葉。それは私の師、住職の言葉、母の言葉、父の言葉。百万の友を得たように、生きる力が、湧いて来る。
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