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February 16, 2012

「絶後に蘇る」、夕日に蘇るような光景、

「無心の一歩をあゆむ」正眼短期大学学長・山川宗玄先生著(春秋社)の中で、「絶後に蘇る」と云う、素晴らしい禅の言葉を紹介しておられた。森の木々には、自分が枯れたり、倒れたりすると、その場に、子孫が育って行くと云う自然の理がある。

親木が生きている間には、その木の下に苗木は育たない。自然の森では、松の木の下には、槇や椎の木は、人の背丈程、育っているが、松の苗木は無い。

木の子孫は、親木が枝を張る領域内で成長は不可能。親と離れた場所でなくては育って行けない。

自分の目の届く範囲でのみ、吾が子を育てようとするのではなく、自分の力の及ばないところに置き、見守って育てると云うのも大切な道。

山川宗玄先生は、この道を古道(真の道)と称せられていた。

離れた場所で育つ吾が子を夢見て生きる。寂しくても、親なら耐えられる。自然の理に抱かれて。

絶することは親になること、別れることは親になること、それが絶後に蘇ること。夕日に蘇るような光景。

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