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February 13, 2012

叶わぬ思いの中の祝福、神への気づき、

昨日、不図、入った書店の中で、「安岡正篤・珠玉の言葉」(神渡良平著)をパラリとめくると、一遍の詩が目にとまった。

「幸せになろうとして富を求めたが、賢明であるようにと貧困を授かった。世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、得意にならないようにと失敗を授かった。人生を楽しもうと、沢山のものを求めたのに、寧ろ人生を味わうように、シンプルな生活を与えられrた。

求めたものは、一つとして与えられなかったが、願いは全て聞き届けられていた。私は、あらゆる人の中で、最も豊かに祝福されていたのだ。」

ニューヨーク州立大學リハビリテーションセンターのロビーに掲げられている詩とのことであった。

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