クリスマスの夜の禅の講話
禅は集中ではない。心の統一でもない。ただ、何もしないのが禅。究極の禅の境地の話が心地好い。
「生滅」に対峙して、滅して、滅して、滅して行くか、生じて、生じて、生じて行くか、いずれを見るか。滅ばかりを見てはならない。
薪が灰になるのではない。薪は薪、灰は灰。解脱した人は、過去を引きずらない。未来も願わない。
全てを経験して来た人は、やがて放棄が始まる。執着がなくなって行く。
無執着という静寂の世界。見つつ見ず、「かくの如く、それを見ない」世界。
全てが仏。一切は仏。
クリスマスの夜、住職の話に聴き入った。2011年の暮れ、静寂の境地に憧れる。
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