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November 09, 2011

満洲が日本だった時代、父をしのぶ私と妹の小さな旅、

1905年の日露戦争の終結後、日本は、中国・遼東半島租借、1906年の満鉄創設、1932年満洲国建国から太平洋戦争終結の1945年まで、満洲は日本が支配した。その間、私の父は大連から車で約4時間の鳳城と云う街に住んでいた。私の母は、ロシアに近いハルピンに住んでいた。それぞれに別の家族と暮らしていた。

私は、2002年に前の会社を中途退社で辞めてから、やっと、かつて両親が住んでいた鳳城、ハルピンに旅することができた。両親の人生の最大の試練の場所を旅をしてみて、やっと、胸のモヤモヤとしたものが消え、両親と深い一体感を覚え、人生への愛おしさが増したような気がする。

その鳳城の当時の日本人社会の縁者の同窓会(鳳城会)が、今日明日1泊で、湯河原で行われる。明日は朝、湯河原から東京へ出勤することにして、今日だけ会社を休んで、小田原の妹と一緒に参加することにした。今日、湯河原の旅館に、全国から鳳城に住んでらっしゃった方々が13名集まられる。満洲時代は小・中学生でも今では、年輩になられ80歳代が中心である。毎年、若干人数が少なくなっていかれる度に、私は、是非、今のうちにお会いしておかねばと云う気持になって参加している。

今夜は、妹と一緒に、父の住んだ満洲の街の当時の話を聴きながら、旅館で一献傾ける。生前は、余り改めて話したことも無かった父と、今こうやって、私は心の中で再会することが出来る。そんな時、私は、父とも一緒に、酒を酌み交わしている。

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