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November 30, 2011

高校時代、私の部屋に飾った山村暮鳥の詩、

高校時代、私は、九州の実家の裏の小屋を改造して貰って、自分の部屋を作った。そこに、当時、雑誌で見付けた明治・大正の詩人・山村暮鳥の詩、「人間の勝利」のポスターを壁に飾っていた。

「人間はみな苦しんでいる。何がそんなに君たちを苦しめるのか。しっかりしろ。人間の強さにあれ。人間の強さに生きろ。苦しいか。苦しめ。それが、我々を立派にする。見ろ、山頂の松の古木を。その梢が烈風を切っているところを。その音の痛々しさ。その音が人間を力づける。人間の肉に食い入るその音のいみじさ。何が君たちを苦しめるのか。自分もこうして苦しんでいるのだ。苦しみを喜べ。人間の強さに立て。恥辱を知れ。そして、倒れる時が来たならば、微笑んで倒れろ。一切をありのままに、じっと見詰めて、大木の様に倒れろ。これでもか、これでもかと。重い苦しみ、重いのが何であるか。息絶えてるとも否と云え。頑固であれ。それでこそ人間だ。」

私が、大学に進学して、もぬけの空となった私の部屋に、母は時々入って、壁に飾ってあった詩を見ていたと云う。この詩をいたく気に入って、巣立った私を懐かしんでいたと云う。大学時代、東京から九州の実家へ帰省した時、母はこの詩が大好きで時折見ていると云った。

運命に翻弄されたような、苦難の人生を経て来た母には、この詩を好きな息子に、一人涙しただろうと、今、その気持がわかる。その詩を昨日やっと、インターネットで捜し出した。母との再会、"16歳の私"との再会であった。

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November 29, 2011

精進すること、頑張ることの違い

精進するとは、濁らせず、進むこと。

清らかに、進むためには、清らかになれるような力強い目的がなければ、なれない。

頑張るには、勝負に勝つような、がむしゃらなイメージがある。勝負には、我と他が対立している。それでは、苦しい。精進するに足る、力強い光に導かれねば、精進はできない。

頑張ることは、他から何かを得ること。精進とは、他から何かを得ようとしないこと。他へ与え尽くすこと。

私が一歩、神に近付くと、神の方からも一歩私に近付いて来られる。精進は、神と一歩一歩、お互いに近付く様子を想像して、心穏かになれる。頑張ると疲れるが、精進は心地好いリズムで、日々が穏かに流れて行くような気がする。

こんなことに気づかせてくれた、住職との出会い、禅との出会いに感謝する。


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November 28, 2011

ノルウェーからの友人に、英語ギャグ連発で気分転換、

昨日の私の小さな驚きを求める行動は、産業カウンセリングのセミナーに参加することだった。秋葉原に朝10時ギリギリに着いて、夕方まで、体験型のセミナーで、自分の気分も多少切り替わった。

セミナーの途中、来日予定のノルウェーの船会社の友人から、メールで、既に昨日、日本に着き、「今夜、夕食一緒にどうかと」の誘いだった。私は、セミナー終了後の有志・懇親会参加を変更して、友人の宿泊する帝国ホテルに直行した。ノルウェーの彼の会社入社2年目の初々しい若者、シンガポールの船会社の社長以下3人など、合計5人の外国からのゲストに会い、ホテルのバーで談笑した。何故か、昨日は、私は英語のギャグもスムーズに出て、彼らを笑わせた。

昨日は、思いがけず、ホテル最上階の鉄板焼きレストランで、夕食もご馳走になった。朝は、全く予定していなかったスケジュールなのに、いつの間にか、外人と6人で、帝国ホテルで夕食とは、人間の縁の展開の不思議さを思った。私は、以前、出張で来日する外国の友人を、よく、プライベートで、箱根や青梅など、東京近郊を案内した。彼らは、そんな愉しかった小さな旅を想い出して、来日時に、また私に連絡をくれる。

日々は、哀しかったり、嬉しかったり、思いがけない展開をする。蜘蛛の糸のような縁が、時折、私の人生を揺らしている。哀しかったり、嬉しかったり。

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November 27, 2011

全ては"生きている証拠"、そして「さて、死ぬか」の境地、

昨日は、午前中、在家仏教協会の講演会(大手町)で、横山紘一先生の講演を聴いた。ビジネスばかりのイメージの大手町のビルの会議室で、仏法の話が聴けるとは、これも、私が導かれた縁であったのかと想う。

「雨が降っても、風が吹いても、この嬉しさよ」、生命への讃歌を聴いた。寒くても、暑くても、それは"生きている証拠"。

私の母親は子供達が、どこが痛い、ここが痛い、と云うと、すぐ余裕しゃくしゃくとして、”生きとる証拠たい”と云って、子供達をキョトーンと驚かせていた。「全ては、”生きている証拠”」と思う哲学は、ここで、再び横山先生の講義の中で出会うとはと、母は何も大した学問はしていなかったのに、素晴らしい哲学だったのだと思った。

それから、昨日の横山先生の講演で、「さて、死ぬか」と云う境地も、紹介して頂いた。「さて、」と云う、力の抜けた、境地で死を見る。これは、好い。その境地は、また、すごいと思う。 ただ、淡々と、我から遠ざかる。これが修行。「さて、死ぬか」と云う境地は、自己が宇宙一杯に溶け込んでいる。

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November 26, 2011

富士には絶景の距離がある、

富士山の美しさには、絶景に見える距離があると云う。四国から上京した親友が云っていた。

近づき過ぎても、遠ざかり過ぎても駄目で、一番美しく見える距離があると云う。

確かに、と思う。何事にも、通じることかも知れない。

今朝は、秋の快晴の青空のもと、家のベランダから、遠く、西に富士が望めた。

人生に於いても、何事に於いても、芸術的なほどの絶妙の距離があることを想う。

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November 25, 2011

自然の理と人間の法の狭間、

昔、高知パルプと云う会社が、大量の廃液を川に流し、高知市民が、その臭気に苦しめられている頃、山崎圭二氏と云う環境運動家(故人:山崎技研社長)が、ある日、高知パルプの工場の川への廃液口に、砂利を詰め、コンクリートを流し込み、事件になったことがあったと云う。

その事件に感動して、当時高知大学の学生だった、私の親友は、家から飛び出し、その現場を見に行き、その行為を賞賛したと云う。大勢の市民も喜んだと云う。

その事件の裁判の判決は、「威力業務妨害罪、罰金5万円」。被告・山崎氏曰く、「私は、人間の作った法は犯しましたが、自然の理の法に於いては正しいことをやりました」と、潔く罪を受けたと云う。

この話を、私の親友から、大学時代の想い出として聴いた。今でも、彼は、生物多様性の運動、有機農業関連を職業としている。そして、彼も、ヴェーダンダ哲学に若い頃から心酔している。彼は、出張にも、"アートマン"と云う書籍を持参していた。アートマンとは、人それぞれが持つ仏性・神性・宇宙の理のこと。

私は、気づかないうちに、このような修行僧と、ずーっと昔から親友だったのだ。

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November 24, 2011

引き算の美学、無功徳に働く、佐伯チズさん

昨日は、高校時代に一緒にヒッチハイクした親友が高知から仕事で上京した帰りの日、朝から夕方の飛行機の時間まで一緒だった。

朝、田町駅から、彼も初めてだと云う泉岳寺へ。一緒に四十七士へ焼香した。それから、慶應大学の三田祭。彼は高知大学・農学部だったので、このような派手な文化祭は、初めてのようであった。ステージでは、AKBのようなはじける若者達の歌やダンス、食物の屋台の女子大生の呼び込み、落語研究会の呼び込みなど、丁寧に振りきりながら歩いた。私が、毎年訪れる東北学生会の日本酒酒場で、岩手・佐渡の日本酒を愉しんだ。

それから、午後、私が当初から予定していた読売ホールの健康セミナーに彼も興味があり同行した。佐伯チズさん(美容コンサルタント)と小林弘幸医師の講演(副交感神経が人生の質を決める)を聴いた。佐伯チズさんが講演後、質疑応答で、答えた何気ない言葉が、禅の修行の言葉に通じて、強烈に印象に残った。「幸せのもとは、人に与えること」、(それだけで、人から何かを得ようとしないこと)。これは、住職の云う、無功徳常精進に通じていて、すごい哲学をお持ちだと感動した。無功徳に働く、結果は神のもの。

そして、また彼女は私の人生は、「引き算の美学」です。足し算は苦手ですと云った。これは、まさに禅だと思った。

講演の後、築地近くで会食して、羽田へ向かう彼を浜松町で送った。数日前に、急遽、上京を知らせて来た親友との、思い掛けない想い出の一日のプレゼントであった。

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November 23, 2011

あっこちゃんのリサイタル、ヴァイオリン、

昔、私が会社のアパートに住んでいた頃、同じ棟、8号棟の下の階に、いた後輩の家族に、あっこちゃんと云う女の子がいた。

私の娘より、ちょっと下で、家族ぐるみのつきあいだった。その後、親の英国駐在の経験の時などから、ヴァイオリンの勉強を本格的にして、今、ニューヨークで、オーケストラやソロで演奏活動をしていておられるとのこと。、来年、1月、表参道でコンサートをされるとの案内のパンフレットを、お父さんから頂いて、その成長された姿を写真で見た。

あっこちゃんが、日本でのヴァイオリンのリサイタルをする。

ちっちゃい頃、私の娘と、遊んでいた頃のあっこちゃんのことを想い出して、貰ったリサイタルの写真を時折眺める。

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November 22, 2011

神奈川宿、おりょうさんが働いた料亭田中屋、

一昨日、午前中、地元、東白楽駅集合で、商工会議所主催の歴史ウォーキングツアーがあった。約100人位の人が、10人位の単位に別れて、横浜シテイーガイドの方から案内を聴きながら歩いた。

まず向かったのは、東横線の電車から見える桜の名所・孝道山。東白楽駅脇の細い坂道は、急勾配の心臓破りの坂と云われ、孝道山の裏手辺りに続く道。私は、地元なのに、初めて登った。それから、東横線沿線のフラワー緑道、最近線路が反町駅手前から地下へ潜った東横線のトンネル入り口付近や、昔の新大田駅跡など見学した。

その後、広重の絵にも出てくる東海道・神奈川宿に描かれた、料亭櫻屋(その後、田中屋と改名)にも行った。田中屋は、坂本龍馬の妻おりょうさんが働いていた老舗の料亭。一度行ってみたいと思っていた憧れの店だった。今回は、女将さんの厚意で、チラッと店の中も見せてもらった。明治維新の頃の記念の品々が装飾されて、大変雰囲気が時代を感じさせ、是非食事に来てみたい気持になった。おりょうさんは勝海舟の紹介で田中屋さんで働くようになったと云う。伊藤博文とか明治の政治家がよく訪れた場所と云う。

今回の驚きの、目玉は、私が一緒に歩いていた9人の小グループに、ラフな格好で、坂をフーフー云いながら歩いてらっしゃったご婦人が、何と、その田中屋さんの女将さんその人だったこと。その日は、田中屋さんの女将さんとも一緒にハイキングしたことに、全く仰天した。

田中屋さんの前の旧東海道斜め向かいには、小さな金比羅神社がある。そこは、源頼朝が、石橋山の戦いで敗れ房総へ舟で敗走する時、気象の回復を待つために立ち寄った場所と云う。歴史散歩の愉しさはここにありと思った。

昔の櫻屋(田中屋)の当初の作りの模型は、港北ニュータウンの歴史博物館に展示があると云う。是非訪れてみたいと思う。

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November 21, 2011

たまてばこフェステイバル、横浜市立浦島小学校、

一昨日午前中、雨の中、近所の洗濯屋さんへ行く途中、浦島小学校・「たまてばこフェステイバル」開催中の張り紙を見て、何だろうと思って覗いてみた。娘が卒業した小学校だから、運動場も、体育館も、滑り台も、みーんな懐かしい場所。それは、小学校の文化祭だった。

1年生、2年生の音読劇の可愛らしさ。4年生は、「出会い」と云うテーマで、壁に掲示があった。何だろうと思ったら、「ルイ・ブライトン」との出会い、点字を作った人で、1809年生まれ、3歳の時、父の仕事場にあったなナイフの事故で失明、世界で初めて点字を体系化した人。「シモン・ステビン」は、数学の小数を発見した人など、子供達にとって、勉強とは、新たな人生に於ける出会いなのだ。

幼い、たどたどしい声で、「プラネタリューム始まります」、とか、廊下を宣伝して回る女の子達、行って見ると、壁に電気を当てて、ちょっと星の解説をしている程度で、可愛らしかった。

廊下には、学校で育てたサツマイモが収穫してあった。

浦島小学校だからか、「たまてばこフェステイバル」と云うネーミングが、また好かった。一日が、ほのぼのとした気持に包まれた。

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November 20, 2011

四縁、三性、修証一等、

この世には色々な縁がある。仏教では、縁には四つの種類があると説く。①因縁:一切の原因は己自身にあると云う縁、②等無間縁(とうむけんえん):前の心が次の心を発すると云う縁、③所縁縁(しょえんえん):対象があるから心が起こる縁、④増上縁(ぞうじょうえん):自分以外の全ての存在の縁、天井が落ちて怪我した時の天井との縁、

その縁や外界に対して、自分がどう見ているのか?仏教では、三性(さんしょう)を説いている。①偏計所執性(へんげしょしゅうしょう):主観的見方、即ち虚像。②依他起性(えたきしょう):縁で出現している世界。③円成実性(えんじょうじっしょう):永遠に存在している真実。

全ては縁に於いて生じている(波の世界)を悟った後、その後、全てが円満に調和している世界(即ち"大海")を知り、そしてまた、波の世界(依他起性)に返られたのが仏陀であられたと、昨日住職から聴いた。

大海(円成実証・一元)を知った後に、再び五感六識の波の世界(偏計所執性・依他起性・二元)に入っても、惑わされることはない。如何なる津波のような縁に出合っても、もう惑わされることはない。

本来、仏である人間が、何故修行するのかとの問いに道元禅師は、「修せざれば現れず、証さざれば得ること無し」(修行と証明は一体である)と説かれている。修行をして悟り(証)しなければ、己の仏性に気づかずに一生は終わると説かれている。(道元禅師の「修証一等(しゅしょういっとう))

色々な縁に就いて、今朝は整理して、自分の人生を、俯瞰してみる。

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November 19, 2011

早朝、雨の音も心地好い響き、

海外出張の後、昨日から、平常の生活パターンに復帰し、テキパキと業務を進めた。生活がリズミカルに進むと感じることは心地よい。

ある程度、タイトなスケジュールでも、ちょっと荷が重いと思う仕事でも、事前に予知、身構えてこなせば、大丈夫だと思う。寧ろ、心地好いリズムにさえなる。

今日は横浜は雨。今日は雨を愉しむ。夜は坐禅の会。雨の日の坐禅も好い。

明日から23日まで慶應大学・三田祭。例年そうしてるように、期間中、時間を見付けて、ちょっと顔を出そうと思う。

明日は何とか、天気は曇りらしい、地元・白楽界隈を、午前中、地元のガイドさんが案内してくれる企画に参加する。そして、夜、故郷の小さな同窓会の会食に参加する。

ちょっと、非日常の小さな刺激を入れて、平常の日々にリズムを感じる時、そんな生き方が好きになる。

まだ、外は暗い夜明け前。雨の音も、心地好い。

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November 18, 2011

機内オーデイオ鑑賞、感傷に浸る、さだまさしなど、

昨日、日中のフライトだったので、機内のイヤホーンの、オーデイオ番組を十分に楽しめた。まずJazz、それから演歌、フォークソング・ポピュラーなど、じっくり聴くことができた。

由紀さおりの"夜明けのスキャット"の懐かしさ、高校1年生の頃、私がマラソンが速かった頃。アリスの"秋終符"、"オリビアを聴きながら"、さだまさしの故郷の両親を思い出す歌"案山子"、寺尾聡の"ルビーの指輪"、など、歌詞を改めて、噛み締めながら聴いた。

さだまさしの"案山子"に、「♪都会の雪景色の中に、あの案山子のように、淋しくないか、元気でいるか、友達できたか・・・・♪」と云う台詞が、・・・・・・、両親を想い出させて、人生の暖かさと、哀しさと、美しさとかを感じ、感情が込み上げた。

雪国の畑一面の雪景色の中にポツンと一人立つ"案山子"、子供を上京させた父や母が歌ったであろう境地。私は、その子供の気持、父の気持、母の気持を、それぞれに感じながら、"案山子"を聴いた。

そして、昨日横浜の自宅へ帰った時、夜遅くまで起きていた娘が、依頼していたお土産の化粧品を受け取って、「お父さん、ありがとう」、って云った言葉が心に響いた。

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November 17, 2011

Singapore Changi Airport AM. Nov 17, 2011

I will depart Singapore for Japan this morning 08:30 .

I feel I have been away from Japan for a long time as several weeks.

It is good stimulation to travel sometime , to feel diffrent world .

Anyway , rain or shine , Mt.Fuji is Beautiful .

Life is beautiful.

Nov 17 AM , Singapore Changi Airport .

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November 16, 2011

Going to depart soon from Singapore , Beaujolais Nouveau on Nov 17.

Business in Singapore has been good. I satisfied with the results of my trip .

I will come back to Japan on Nov 17 evening as scheduled .

I intend to go to Wine Party (Beaujolais Nouveau ) at Otemachi , directly from Narita Airport to meet my friends there on my way back to Yokohama.

I thank God for my Wonderful , Lovely 4 days in Singapore .

I look forward to writing my "Small Surprise" in Japanese as usual again from Nov 18 .

From Singapore . Nov 16 Evening .

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Letter with cartoon drawing from small children to me .

On first day in Sigapore , we had a dinner with all Arab delegation and local Arab staffs at wonderful restaurant at Robertson Walk nera the river . We enjoyed seafood, robster, crab, fish etc.. I am only one Japanese with 7 of the Arab people .

I was very happy to feel that I am a member of the team .

What I was surprised most were short letter from small elementary school chirldren who is daughter of my Arab friend . She sent me a warm hearted message with her cute drawing of cartoon to me .

So I wrote a short return message to her too , with my favorite drawing of cartoon Frog( my favorite drawing ) , and I handed it to her Father .

I was covered with very warm hearted emotion.

Singapore , Nov 15, 2011.

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November 15, 2011

My assignment of the trip

Before my departure to Singapore, my daughter asked me to buy "Christian Dior waterproof eyeline brown 594"for her suvenior .

I was somewhat pleased to have a task from my daughter. It is my priority assignment of my trip.

I feel I am with my daughter during my trip.

Small children have grown up to ask Father to buy her cosmetics.

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November 14, 2011

Arrival at Singapore ,

I departed Haneda Int'l Airport 23:30 on Nov 13(Sun) , arrived at S'pore 05:25 today, one hour earlier than schedule.

Everything was smooth. I slept well .

After arriving S'pore , I enjoyed talking with taxi driver during 25 minuts drive from Changi Airport to Mandarin Hotel in Orchard Street . I learned S'pore updated population as 5 million , 70% Chinese, 20% Malaysia , 10 % Indian and other nationalities.

Sunriswe is around 7 o'clock in the morning, and sunset is around 7 o'clock in the evening.
Singapore beatutiful scenery reminded me of my old wonderful trips in my younger days. APPEC Oil Conference, and a trip with my family , with my 5 years old daughter on our way to Abu Dhabi .

I enjoyed coffee at the hotel resaurant where my favorite song of South America welcomed me.

Then I went to the office at 09:00 to start business as scheduled .

Everything was super. Sucessfully , I did it my way in my business trip. Nov 14(Mon) , 2011 in S'pore.

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藤原新也さんの満月の詩、被災地の瓦礫の上に耀く月、

先日、坐禅会の方から、藤原新也さんの満月の詩のコピーを頂いた。

私の心に残った部分、

「その美しい光は、粉々になった普通の人々の生活や、無数の死者を出した瓦礫世界を照らし出していた。

絶望の上に、子らの腐臭の真上に、その満月の美しさとポーカーフェイスが憎かった。

だが、暫くして不思議と、その怒りや憎しみは、憎いと感じたその月の光で洗い流されようとしていた。

その青い光は、地上の悲惨さを、その慈悲の眼と光で照らし出す観音のようなものにも感じられ始めたのだ。」

悲惨な惨めな被災地の瓦礫の上に、白く耀く月の写真に、その詩は添えられていた。

2011年11月13日の記、

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November 13, 2011

今日、羽田発深夜便で、シンガポールへ出発

今日、羽田発の深夜便でシンガポールへ出発する。

新装の羽田空港・国際線の施設の体験も、今回の関心事。

17日まで、ちょっとまた異次元の世界へ行くような気持。気候はまた、夏に逆戻り。

明日、早朝06:20に到着して、すぐ、09:00にはオフィスに行くので、機内でよく寝ていこうと思う。

昨日の酒が残り、今日は、まだ二日酔いなので、今夜空港で飲むのはやめておこうと思う。

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November 12, 2011

我も仏も無かりけり、一遍上人

今朝は、横浜は、昨日の雨もあがり、気持の好い朝となった。私は、部屋のベランダへ出て、遠くの景色を眺めた。今朝は、まだちょっと曇り空ながら、西には富士山も見えた。東には、横浜ベイブリッジ。雨あがりの瑞々しい空気の深呼吸を楽しんだ。

昨日、新宿の坐禅会で、住職に、一遍上人の歌の話を聴き、心に響いた。

「唱うれば 我も仏も 無かりけり 南無阿弥陀仏の声のみぞして」

その後、上人は、 「唱うれば 我も仏も 無かりけり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」の境地へ入られたと云う。

全宇宙と一体化した時、救う人も救われる人もいない、波が大海に気づく時。


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November 11, 2011

心の中の面積しだい、今ここを生きる

楽しかった想い出が、一人の時の寂しさに勝る。楽しかった想い出が、別離の時の悲しみより勝る。ただ、楽しかったこととと、悲しみの心の中の面積が、そうなれば好い。

ただ、あるべきように淡々と、事象は流れる。

それが、「今ここ」を、積極的に味わって生きることではないかと思う。

一昨日、湯河原の山々を見ながら、そう思った。

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November 10, 2011

わかるが故の愛しさと、わからぬが故の愛しさ、人間どうしの距離感

先日の哲学カフェは、"人間どうしの距離感"がテーマだった。

私は発言することは無かったが、自分の頭の中では、自分なりに整理してみた。

人は、60兆もの細胞から成り、それぞれの人に、1日にも6万もの想念(思い)が浮かんで来ると云う。人間どうしが、お互いに完璧に理解し合おうと云うこと自体が、幻想に近いことであろうと思う。

だが、同じと感じることが多い時、人との距離感は縮まり、違うと感じる時、距離感は広がる。

人間どうしの距離感は、自分の五感六識がもたらす幻のようなものだと思う。そして、そのことを見ているもう一人の私が、いれば、大丈夫。距離感があっても、無くても、惑わされない。

人には、わかるが故の愛おしさと、わからぬが故の愛おしさがある。

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November 09, 2011

満洲が日本だった時代、父をしのぶ私と妹の小さな旅、

1905年の日露戦争の終結後、日本は、中国・遼東半島租借、1906年の満鉄創設、1932年満洲国建国から太平洋戦争終結の1945年まで、満洲は日本が支配した。その間、私の父は大連から車で約4時間の鳳城と云う街に住んでいた。私の母は、ロシアに近いハルピンに住んでいた。それぞれに別の家族と暮らしていた。

私は、2002年に前の会社を中途退社で辞めてから、やっと、かつて両親が住んでいた鳳城、ハルピンに旅することができた。両親の人生の最大の試練の場所を旅をしてみて、やっと、胸のモヤモヤとしたものが消え、両親と深い一体感を覚え、人生への愛おしさが増したような気がする。

その鳳城の当時の日本人社会の縁者の同窓会(鳳城会)が、今日明日1泊で、湯河原で行われる。明日は朝、湯河原から東京へ出勤することにして、今日だけ会社を休んで、小田原の妹と一緒に参加することにした。今日、湯河原の旅館に、全国から鳳城に住んでらっしゃった方々が13名集まられる。満洲時代は小・中学生でも今では、年輩になられ80歳代が中心である。毎年、若干人数が少なくなっていかれる度に、私は、是非、今のうちにお会いしておかねばと云う気持になって参加している。

今夜は、妹と一緒に、父の住んだ満洲の街の当時の話を聴きながら、旅館で一献傾ける。生前は、余り改めて話したことも無かった父と、今こうやって、私は心の中で再会することが出来る。そんな時、私は、父とも一緒に、酒を酌み交わしている。

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November 08, 2011

平日の休み、巡礼休暇の恩恵、穏かな秋の日、

昨日は、アラブの本社の巡礼休暇の恩恵にあずかり、日本支社に勤務する私も、特別休暇を取ることができた。イスラム教徒に取っては、メッカ巡礼は、一生の憧れ。

その様な、敬虔な気持を高めてくれる旅は、イスラム教徒でない私も憧れる。私ならインドへ行くだろうか、中国へも行くだろうか、考えるだけで、嬉しくなる。

昨日は、来週、シンガポールで合流するアラブ人の友人の小さな娘さんへの日本からの土産を、横浜・東急ハンズに買いに出掛けた。東急ハンズには、いつもアイデアが沢山浮かんで来る商品があり、私の大好きな場所。アラブ人のその友人の小学生の娘さんのことを想い浮かべながら、日本からの土産を買った。

その後、前から何か用事で、行ってみたかった、神奈川県警本部のビルに初めて行ってみた。交通ルールを英語で説明した資料を問い合わせるために行ってみたら、無事、資料やホームページのアクセス方法など、総務の職員の方が、ロビーまで降りて来て説明してくれた。

入口の守衛さんから、ビルの受付から、もう既に全てが体育会的な雰囲気で、気持よかった。総務の男性職員の方も、誠実に対応してくれて、まさに敬礼でもされんばかりの対応だった。ロビーでは、たまたま研修生のような男性が10人くらい整列して、エレベーターから降りて来る先輩職員に、失礼しますとか挨拶をしていた。そんな、世界もあるんだと関心しながら、神奈川県警本部のビルを後にした。

そして、私が、前の会社を希望退職して、自分で起業・浪人していた時代、よく行った桜木町・野毛の居酒屋に立ち寄った。よく座っていたカウンターで、当時を懐かしみながら熱燗をニ合。帰りに、ほろ酔いで、絵葉書のような、みなとみらいの夜景を見た。

そんな、小さな驚きの日だった。

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November 07, 2011

ジャズ・レコード・コンサート、

私の行き付けの地元のジャズ喫茶は、アナログで今でもレコードの音楽を楽しめる。そのジャズ喫茶で、ジャズファンが、愛聴盤を自宅から持ち寄って、コンサートを開く催しが、一昨日夜、初めてあった。

私は、ジャズのレコード盤は特に持っていなく、特定のジャズアーテイストにこだわった、講釈など出きるほどに知識も、音楽に対して何か述べるほどの見識もない。

それでも、どんな人達が集まって、どんな音楽を聴いて、どんな話をするのか、興味を持っていた。その日、夜7時頃、店の前を通りかかると、店のママが、開催の挨拶をしている声が、通りの外への小さなスピーカーから聴こえて来た。 それで、思い切って店に入ってみた。

約10名のジャズファンが、レコード盤を持って集まっていた。行き付けのジャズ喫茶なのに、余り見かけた人はいなかった。やはり、音楽・ジャズの専門家的な方々で、ジャズ雑誌やレコード会社の関係の方などであった。それぞれに、持ち寄られたレコードの解説の話をされた後、そのレコードを聴くスタイルであった。

私は、唯、聴くだけの、例外的な見物人のような立場で、それぞれの想いがこもったジャズを聴かせて貰った。大学時代、大好きだった"黒いオルフェ"をトランペットで聴いた時、ワー、と何だか、忘れていた情熱が蘇るようであった。

あらためて、音楽の持つ、人生への力のようなものを感じた。

最後に、参加者の方から、今週末に開かれる新宿ジャズフェステイバルの招待券を頂いて、また今週末の楽しみができた。

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November 06, 2011

写真に添えられた雪の詩、

「激しい雪、辛い雪、美しい雪、新しい雪、いつかは解ける。万年雪が残るのは、お山と、心の中だけや。いい雪溜めなあかんでと、祖母が云っていた。」、深い雪に包まれた雪景色の写真に添えられた文章に、心惹かれ、メモした。

昨日、調布で開催中の写真展に出掛けた。

日々の小さな驚きを、写真の作者は、鮮やかに切り取っておられる。カトマンズやネパールの、人々の表情の純朴さ。作者が、身近な自宅の庭に咲く花々にも、あんなに高貴な瑞々しい美しさを発見されてるなんてとも思った。

真っ青な空に、淡い薄茶色のすすきの穂が揺れる、秋風を感じる写真。

並ぶ小さな地蔵様の前の誰も居ない小路に、落ちる雨粒の小さくはじける様が、静寂の心地好さを感じさせる。

見上げる空に、絢爛に鮮やかな桜、傍には、花見を楽しむかのような鳩が一羽。

何気ない日常にも、留まって、よく見れば、鮮やかな人生のシーンが、パラパラとめくられる。


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November 05, 2011

人生の峠の眺望、安らぎ: 穂高・徳本峠(NHK小さな旅)

英国の登山家・ウオルター・ウェストンが涙したと云う、穂高・徳本(とくぼう)峠が、今朝、早朝、NHKの"小さな旅"で紹介されていた。

苦しい山道に、穂高連峰の山々の絶景が現れる峠、徳本峠。空に屹立する神々しい山々。真正面から穂高と対峙する。そして自分と対峙する光景。

頂上でもない、谷間でもない、峠には、独特の意味合いが秘められている。

毎日、その日の締めくくりには、峠の光景を想い出せば好いと思った。

登って来た道、何も見えなかった、険しい山道の果てに、その日の終わりに、峠の眺望が広がる。私は、この道を登って来たのだ。

峠の山小屋の、やわらかなランプの灯りに憩い、また、明日の早朝、頂きの更なる眺望を目指して、登り続ける。空まで続くような、崇高な穂高の山々を想い描きながら。


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November 04, 2011

「だんだん」、「ありがとう」の響き、唯識を学ぶ扉の言葉、

昨日は、東洋大学・学園祭の歎異抄倶楽部主催の唯識講演会(横山紘一先生)を聴きに出掛けた。

「人は縁に於いて見せられたのに、私が見たと云う」

自分は単独では存在しない、「縁起の故に無我なり」

自と他が対立していると見える世界が"地獄"。生老病死の生の苦しみとは、自他が対立した苦しみ。

横山先生は、登山家・栗城史多氏の言葉(東京新聞コラム)を紹介してくれた。「八千メートル級の山は、苦しくて、登っている時、頑張るぞとか、ちくしょうとか、色んな言葉が出て来る。思うように歩けない時、「ありがとう」と云う言葉が出て来た。不思議なことに、そう思うと、体が動いたのです。」

講演の後、先生と帰り道、白山駅へ続く小路に先生が以前講義に通った当時にもあったと云う、懐かしい居酒屋"だんだん"と云う店を紹介して頂いた。 私は、店で「だんだん」って、"日暮里だんだん"のようにほのぼのとした響きですねと店の人に尋ねたら、「だんだん」とは、山陰地方の方言で「ありがとう」と云う意味だった。

先生に頂いた講義の資料には、深層心理に清浄な種子を蒔くのが、正聞薫習(しょうもんくんじゅう)。正しい師から正しい経典を学ぶこと。そして、素晴らしい言葉「ありがとう」を深層心理に薫しつけるとあった。

「ありがとう」とは、唯識の扉を開く、魔法の言葉、「開けゴマ」のような言葉だと思った。私は、「唯識を学ぶは、感謝を学ぶなり」と、確信した。


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November 03, 2011

人生の想い出のシーンで見た風景の共有、

先日、休日の早朝、NHK短歌で聴いた、歌と風景が、鮮やかに私の心に残っている。

何十年も、連れ添った、仲のよい歌人どうしのご夫婦の歌。

歌人・今野寿美さんが30年前に歌った句、「珊瑚樹の とびきり紅き 秋なりき ほんとによいかと 問われてみたり」

夫の歌人・三枝高之さんが30年後に歌った句、「珊瑚樹の とびきり紅き 秋なりき この世に 二人が 知る紅さなり」

これは、親子や兄弟、親友どうしでもよい、人生で出遭った大切な人と、一緒に見た光景の鮮やかさを歌った句であると想う。

人も風景も、感動が強く心に残れば、時間も空間もない。その時、現実の寂しさは消え、光に包まれる。

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November 02, 2011

タイト・スケジュールの実験、羽田発・シンガポール

今月中旬、シンガポールへの急な出張に、フライトの新たな実験をしてみることにした。月曜の朝10時からのシンガポールでの会議に、当日の朝6時半にシンガポール到着の、羽田発の深夜便で行ってみる計画を立てた。

前日の日曜日は、何ら出張の影響なく、予定通り過ごせて、当日の月曜は日本で出社するかの如く、シンガポールで朝からの会議に出る。そんなタイト・スケジュールは、今まで、私は試したことはなく、大概私は、余裕をもって行動するのが常であったが、たまには、そんな綱渡りスケジュールも、人生の刺激に好いかと思った。

そして、木曜日の帰りは、夕方日本到着の便で帰り、成田から友人の主催するボジョレヌーボの会に、何ごとも無かったかのように、直行する。 突然の海外出張にも、影響が最小限の、チャレンジングなタイト・スケジュールの実験。

羽田の国際線が拡張されてから、シンガポール日帰り出張の例を、最近商社マンの友人から聴き驚いたが、確かに、やろうと思えば出来ることだと思った。働き盛りの商社マンなら、そんな武勇伝も、人生の刺激に面白そうと思った。

出張の内容より、そのタイト・スケジュールを無事にこなすことに、私の関心や好奇心が移っていることが、我ながら可笑しい。

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November 01, 2011

失うものが何もない人の美、

最近起きた、中国広東省の轢き逃げされた女児の見殺し事件は、道徳の危機として、世界で反響を巻き起こしている。 関わりを恐れて、怪我した2歳の女児の傍を、平然と通り過ぎる18人もの通行人の姿がビデオにとらえられていると云う。

英国サンデータイムズは、「轢き殺した方が安くついた」と、運転手は語ったことも伝えている。

18人が、重傷の女児を、見て見ぬ振りをして通り過ごした後、助けたのは、「失うものが何もない」と云う、廃品回収業の女性だったと云う。

私は、怪我した女児に、2歳だった頃の自分の娘を想い出し、こみ上げる感情に押し流されそうになった。

助けた廃品回収業の女性に、私の母を想い出した。私を助ける時の優しい母は、誰にでも立ち向かうほど強かった。

東北大震災の直後、「皆が苦しんでいるから、私も共に苦しんでも、辛くはない」と、多くの被災者が語ったと云う。他と共にあるとは、即ち仏性の表れ。

亡くなったちっちゃな女の子に、痛かったろうに、辛かったろうに、同じ人間として、心から「ごめんね」と謝りたい。そして、自らを犠牲にして世界中に大きな気づきをくれたことに、ありがとうと叫びたい。

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