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September 16, 2011

戦争ゲームについて、哲学カフェ

先日の哲学カフェでは、「戦争ゲーム」がテーマだった。

ある人が、子供時代に虫などを残虐に殺していたことを、当たり前のように笑いながら云って、他の参加者も、子供時代に、命の痛みを知る為には、寧ろ多いに、虫を殺したりすることを体験した方が好いとの発言もあり、私は、とんでもない考えだと反発を覚えた。

何たる、人間中心の身勝手な考えであり、恐ろしい煩悩の解放を奨励している考えかと、気分が悪くなるほどであった。人間の煩悩も、戦争も、無くならない現実であっても、その面積を減らすことは出来る。

人間の貪りや、怒り、恐怖などの恐ろしいエネルギーを、わざわざ刺激して、残虐な行為や戦争を、放置、拡大する考えは、人間の持つ本来の仏性に反する。そのような人は、自らも、地獄を味わうことになる。

生きとし、生けるもの、そして全ての存在が、私であると感じる安らぎの、対極にあるのが「戦争」。そのような考えには、水をやらず、肥料も与えず、自然消滅させれば好い。わざわざ、そのような煩悩を育成することはない。それが、人格だと私は思う。

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