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September 30, 2011

高島野十郎の蝋燭の絵の数々、まなざしの光り、

先日九州へ帰省の時、久留米・石橋美術館で、高島野十郎・里帰り展に行き、彼の描いた数々の作品を見た。

とりわけ、彼は蝋燭の絵を何枚も描いている。彼は、その絵を売る為に描いていない。彼は、自分が描いた蝋燭の絵を多くの人達に贈っている。

彼が、蝋燭の絵を贈ったそれぞれの人達から、集められた傑作の数々約20点が石橋美術館に集められ展示されていた。蝋燭の絵は、それぞれの灯りを点して揺れているように見えた。

蝋燭の灯りは神秘的で、生命の灯りのようにも見える。野十郎と、贈られた人にしかわからない耀きもあるように見える。野十郎にとって、絵を描くことは、魂の叫びであったのだろう。

買って来た、分厚い、野十郎の作品集を時折眺めると、何故か、色々な人生の場面が浮かんで来て、心がやすまる。

一見、蝋燭は同じように見えても、一つ一つ違った焔を灯して揺れている。灯りは時間も空間も越えている。

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September 29, 2011

俳優・香川照之さんの、涙のシーンの迫力の背景がわかった時

昨日、俳優・香川照之さんの歌舞伎界デビューと、香川さんと父・(歌舞伎)市川猿之介さんの45年振りの和解と云うニュースをTVで報じていた。

生まれて間もなく両親が離婚して、父親とは殆ど暮らしたことの無い俳優・香川照之さんのことを初めて知った。あるとき、10代後半?の頃か、歌舞伎公演中の楽屋に父を、花束を持って訪ねた香川さんに、猿之助さんは、代理人を通して、「貴方とは父でも子でも無い、貴方とはお会いすることは、これからも無いでしょう」と冷たく対応したとあった。

これが、きっかけで、香川さんは、歌舞伎を諦め、はっきり俳優として生きて行く覚悟を決めたと云う。

俳優・香川照之が泣く時、涙を流す時のシーンは何か、ちょっと違う、心にジーンと訴える激しいものを感じていたが、これでわかった。彼は、親との別れの苦しみの十字架を背負って生きて来たのだ。彼は、どんなに、辛さを味わったことだろうと、人間として愛おしく想った。

45年振りに和解したと云うが、TVでは、父親の猿之助さんは車椅子で、晴れ晴れとした笑顔には見えなかった。

私は、何故か、インドのカーリー神(殺戮と破壊の女神)のことを想い出した。私が尊敬する住職もカーリー神を奉っておられる。

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September 28, 2011

大学生との銀座のワイン、

昨日夜、ホテルオークラで開催のサウジアラビアのNational DayのReceptionに出席した。 政治家(鳩山由紀夫氏、枝野経済産業大臣など)、の挨拶や、アラブ音楽、アラブ料理など、賑やかな雰囲気の中、何とアラビア語クラスの先生や、若い生徒にも会えた。

意外にも、現役の慶應の男子大学生にも会えてびっくり。こんなところで、現役大学生に会おうとは。話を聴くと、最近、クウェートに留学していたとのこと。アラビア語は、かなり上達している模様。同じアラビア語を学んでいる身としては、ムム・・・と、こんな若者に負けてられないと、ちょっと刺激された。

アルコールが出ないパーテイーだから、ちょっと飲みたい気分で、帰りにその大学生も交えて、アラビア語クラスのクラスメートと3人で、銀座へ行った。20代の若者2人と私、3人でワインを飲みながら、夜10時頃まで、話し込んだ。

我ながら、自分は、この若者達にどう写っているのだろうと、たぶん変なおじさんかなと、可笑しくもなった。貰った慶應大学のペンマークの入った名刺が、私の名刺入れに戦利品のように入っている。

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September 27, 2011

幸せになっては申し訳ない、

「自分が幸せになっては申し訳ない」と思うことは、仏性に気づく扉だと思う。

懺悔と感謝の果てには、仏性しか残らない。懺悔が無ければ、仏性には気づけない。

海に沈む夕日が美しいのは、哀しさを越えた、安らぎ、仏性を見ているからだろうと思った。

自分は、幸せにならないと云う覚悟は、五感六識への決別。そこに、我を忘るる境地がある。我を忘れずして、修行にはならない。

懺悔は、自分が他と繋がっているからこそ、感じられること。他との繋がりの証。他との繋がりは、安らぎ、それは仏性。何故、こんなことに、今、気づくのだろう。私は、今まで出遭った人々から頂いた仏縁に感謝する。

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September 26, 2011

空海と密教美術展、

一昨日のマンダラ・チャート・フェステバルで、曼荼羅についての解説を聴き、昨日の朝、急に曼荼羅の本物が見たくなった。

曼荼羅は、お経の代わりに、画像で深い教えを現している。確かに、そのイメージの力は凄いと思った。曼荼羅をいつも心にイメージしておけば、人生の道を導いてくれると思った。如来・菩薩に四方八方を囲まれ、中心に坐する大日如来。

上野、国立博物館で「空海と密教美術展」が、7/20~8/25まで開催中であることを思い出した。「今日まで」とのことで、たまたま朝の空いた時間で行けることに気づき、上野へ飛んで行った。

最終日で、多少混んではいたが、無事、京都神護寺・東寺・金剛峯寺の曼荼羅をまじかに見ることができた。それぞれの仏像の表情も、じっくり見れば、心の内を見透かされ、導いてくれている気がして来る。

今朝は5時半、朱色に耀く日の出を見た。ヒンヤリした空気、東の空に鳥一羽。仏縁に囲まれて、今日が始まる。

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September 25, 2011

マンダラ・フェステイバル、"鳥の目、虫の目、魚の目"

昨日、マンダラ手帳の考案者・松村寧雄氏のマンダラ・チャート・フェステイバルと云うイヴェントに初参加してみた。

松村氏からは以前聴いた講演での、、"人の心の福島原発"、とか、"人間の煩悩が故の人生のサッカーゲームの26対11の負け試合"の話に、共感し、今回も、仏教にまつわる話の興味から行ってみた。

人の心の福島原発を防ぐのは、"八正道の実践"。人生の煩悩(第7識・第8識)に圧倒される、不利な負け試合をひっくり返せるのは、"感謝"(第6識)しか無い。ビジネス講演会で、こんな、強烈な、人生観のメッセージに、私は強い衝撃を受けた。

今回の基調講演は、曼荼羅の話が中心で、私の曼荼羅への理解が深まった。松村氏ほど、一般の人々に、わかり易く、仏教を説く人は珍しい。さぞかし、使命を帯びた方なのだろうと思った。

参加されてる方々も、己の仏性の受信機が、作動している方々なのだろうと思いながら、懇親会も楽しんだ。

鳥の目でマクロを見つつ、虫の目でミクロを見つつ、魚の目でトレンド(己の進む方向)を確認する生き方。鳥の目が仏性を見詰めている人達がいることが、嬉しかった。

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September 24, 2011

宮崎アニメで描く横浜、「コクリコ坂から」

昨日、何とか時間をつくり、宮崎駿アニメの「コクリコ坂から」を見た。

1963年、オリンピックの前年の横浜の様子、ある高校生の物語。

元町の丘の上から見る港の光景、山下公園、氷川丸、マリンタワー、旧国鉄桜木町駅の佇まい、など、大好きな宮崎アニメで描かれていて、ほんわりとした気持になれた。

船乗りだった父親が、朝鮮戦争の時、船に乗ってて航海中に機雷に触れて死亡したと云う主人公の女子高校生。家は、海を見下ろす丘の上に立つ洋館建ての下宿をやっていて、毎朝、海から見えるように信号旗を揚げる。子供の頃から、お父さんが無事に帰って来るように、旗を揚げていた習慣・・・・・・・。高校生になっても続けていた。

今朝は、気持の好い秋の朝、遠くにベイブリッジが見える。近くには、近所の松の湯の煙突。西には、神奈川大学の校舎も見える。宮崎駿さんなら、この光景をどう描くだろうと思うと、いつになく、見慣れた光景が耀いて見えた。

美しい映画との縁を、幸せに思った。宮崎アニメは、人も光景も皆、美しさにちりばめられている。


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September 23, 2011

解決は無し、学びのみ

昨日から、住職は、天城山の坐禅道場で、2週間の断食に入られた。

数日前の住職の話のメモを読み返す。「世は無常だから、今をしっかり生きて行く」、そんな虚無的なことを仏法は教えてはいない。「諸行は無常なり、諸法は無我なり」、無我性の中に、全部が貴方になり、涅槃に至る。

「人は何処から来て、何処へ行くのか」、これは、真剣な良い問いですよと住職は云われる。父母未生以前の虚空世界。白隠禅師は、その世界を、片手の音を聴くと教えられた。闇夜のカラスを見るとも。そこに仏性が宿る。

ものごとに解決は無い。解決を求めてもいけない。問題は、解決の為ではなく、学びの為にある。仏道を学ぶは、己を学ぶことなり。学びの先は、やはり無我、仏性に至る。

私の好きな、禅の思想の真髄が、ここにある。

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September 22, 2011

昨日、台風通過後、羽田発19:30韓国ソウル行き離陸

昨日、台風で大混乱をした東京での、ちょっとした驚き。

来日中のアラブからのゲスト一行4人は16:20発の便で、羽田から韓国ソウル向けに出発予定だった。大雨の中、予定通り羽田へ行き、出発を待ったが、やはり、台風による遅れで、19:30に出発の変更(3時間遅れ)が発表された。 都内では、電車が止まり始めた16時頃、それでも19:30発3時間遅れで、出発との変更に、驚いた。

会社の34階のビルの窓から、外を見ると、そのころ大雨と風で、とても数時間後に飛行機が離陸することなど、考えられなかった。東京タワーくらいある高層ビルの34階は、身体で感じるほど揺れた。私も、会社の人も皆、18:00の終業後も、会社で、帰宅を待機した。その後、数人で、近所の寿司屋さんで夕食をして、天候の回復を待った。

飛行機は無事、19:48、韓国へ向け離陸したとのこと。ゲストの無事出発を確認して、20時くらいに私も地下鉄・日比谷線で横浜へ帰路に着いた。その頃は、多少の混雑程度だった。

後で、TVや新聞で知る、電車バス、交通機関の大混乱。ホテルも満杯だったとのニュース。帰宅すると、私の部屋のベランダの冷房の室外器がひっくり返っていた。確かに、大台風であったのだ。

帰宅後、23時、韓国に無事に着いたゲスト一行とも交信。そんな中でも、あの飛行機は、天候の回復を待って、間隙を縫って、19:48離陸したんだ。私の知らない世界に驚き。

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September 21, 2011

1歳、3歳、7歳児との時間、ヒッポ・ファミリークラブ

昨日、会社帰りに横浜で、語学勉強・ヒッポ・ファミリークラブに立ち寄った。参加していた幼児達との時間が、動物園の生きものを見るように、人間観察が、面白かった。

1歳の男の児はヨチヨチやっと歩き始めた様子、転んだり、立ち上がったり。

私の顔を見ると、すぐ泣き出していた、かすみちゃんは、もう3歳になり、もう泣かなくなった。でも、私のことを警戒しながら、上目使いに私を見たり。でも、昨日は、お母さんに促されて、私にちょっと、笑顔を見せてくれたし、バイバイもしてくれた。

7歳の男の子は、そこでは、ちょっとお兄ちゃん。たどたどしくも自己紹介もできる。

子育て真っ最中のお母さんと幼児達、これも人間が見せる人生の光景のひとこま。ちょっと、人生を俯瞰する気持になれる。

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September 20, 2011

因果一如、

白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。

結果はいつも原因の中にある。

原因から出て行って、また原因へ帰る。

結果のことは、ごちゃごちゃ云っても、結果はお遊びに過ぎない。結果は原因に帰って行く。

最初の原因を、神・仏性と云う。この言葉に救われる。

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September 19, 2011

悟り、解脱、の神秘

「私は悟りました」と云う人がいれば、それは嘘。悟れば、「私」は無くなるから。

「私は解脱しました」と云う人がいれば、それは嘘。解脱すれば、「私」は無くなるから。

悟り、解脱は、「無我」、即ち「神性」、そこには、「私」などの概念は無い。

重ねて、住職は、そこには「救済する側」も「救済される側」も無いと、説明された。

父母未生以前の世界、永遠にして安らいでいる世界、「私」無き世界の静寂を想う。

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September 18, 2011

「無常観」は、「無我」と共でなければ辛い

無常を感じることも大事だが、無常観と一緒に無我を感じる力が無ければ、修行して来たとは云えない。

こんなことを、昨日の住職は教えてくれた。

無常観だけでは辛い。仏教の無常観が、何となく暗く、嫌われる所以はそこにある。だが、無我を同時に考えられたら、無常観の暗さは一変、霧消して行く。

震災で、この世の無常を知る。哀しみの果てに、その後、誰かの為に役立ちたいと思う心が、自分を忘れさせ、無我を感じさせ始めたら、無常観は最早、哀しみではない。

「個としての貴方」ではない、「全体としての貴方」が感じられて来る。

無我がわからないと、無常観だけでは、救われない。 我を忘れるところに、仏性は宿る。


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September 17, 2011

銀座、新橋、ほろ酔いはしご酒

昨日は、会社帰り、昔、行きつけのスナックに、日頃の不義理を詫びる気持で、フラリと顔を出した。

銀座スナック「三池」、高校の先輩だったマスターが病死して、もう10年になると、店を継いだ奥さんが云っていた。郷里の人達が、出入りするこの店に、昨日は私より10歳上の先輩が、夫婦で見え、初めてお会いしたが、何とその縁にびっくり。同じ歴木(くぬぎ)中学、同じ三池高校、同じ慶應大学政治学科、しかも、今住んでる場所も、同じ横浜と云う人だった。お互いを、しげしげと見詰め合いたくなるような、奇妙な同じ経歴の方だった。早く失礼する積もりが、ちょっと、延長して、懐かしい曲のカラオケも聴かせて貰った。

次の、不義理していた店は、「三池」からも歩いて行ける新橋の、「スナック佳代」。久し振りの登場に、ママは、幽霊でも見るように、「オー」と云って、笑っていた。来年、開店40周年のパーテイーをやるらしい。今では、知らないお客さん達が、最近の曲のカラオケを歌っていた。店の内部は、昔と変わらず、焼酎の水割りを飲みながら、熱血サラリーマンだった頃を想い出した。「人生はあっと云う間だけど、色んなことがあったねー」と云うママの言葉を、私は心地好く聴いた。

フラリと一人のハシゴ酒。 これも、私の、小さな旅の光景。

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September 16, 2011

戦争ゲームについて、哲学カフェ

先日の哲学カフェでは、「戦争ゲーム」がテーマだった。

ある人が、子供時代に虫などを残虐に殺していたことを、当たり前のように笑いながら云って、他の参加者も、子供時代に、命の痛みを知る為には、寧ろ多いに、虫を殺したりすることを体験した方が好いとの発言もあり、私は、とんでもない考えだと反発を覚えた。

何たる、人間中心の身勝手な考えであり、恐ろしい煩悩の解放を奨励している考えかと、気分が悪くなるほどであった。人間の煩悩も、戦争も、無くならない現実であっても、その面積を減らすことは出来る。

人間の貪りや、怒り、恐怖などの恐ろしいエネルギーを、わざわざ刺激して、残虐な行為や戦争を、放置、拡大する考えは、人間の持つ本来の仏性に反する。そのような人は、自らも、地獄を味わうことになる。

生きとし、生けるもの、そして全ての存在が、私であると感じる安らぎの、対極にあるのが「戦争」。そのような考えには、水をやらず、肥料も与えず、自然消滅させれば好い。わざわざ、そのような煩悩を育成することはない。それが、人格だと私は思う。

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September 15, 2011

心は、光のように、電波のように、

心は、電波のように、発信されて空気中を飛んでいると思う。光のように、一瞬のうちに世界中、何処にでも飛んで行ける。

昨日は、私の心は、アブダビに住む懐かしい、レバノン人の秘書だった女性のところに、退職まじかの、ねぎらいの言葉をかけに飛んだ。こんなに遠く離れた場所に住んでいるのだから、今生で再会することは定かではない。それでも、心の中では、実際に会って、想い出話に談笑する姿が私の脳裏に浮かんで来る。

心はすごいと思う。一度出会った体験でも、心は、鮮明に再現する力を持っている。

心は、誰かの傍にも、すぐに飛んで行ける。心は、自由に大気中を飛び交う。私の心も、まるで、すぐに会って談笑しているかのように、誰かの傍にも飛んで行く。

同じように、私が気づいても、気づかなくても、誰かの心も、私の傍に来て、語りかけてくれている。

賑やかに、賑やかに、心が飛び交う様子がわかる。そんな時は、一人でいても、寂しさなど、何処かに飛んで行って感じることはない。

心は、自由に、自由に、大空を飛んでいる。

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September 14, 2011

レバノン人秘書の退職ニュースに寂しさ、アブダビの想い出

昨日、1989年に私が、前の会社のアブダビ事務所を設立した時に採用したレバノン人の秘書の女性が、母親の介護の為に、今月末、急に、会社を辞めるとの情報を聞いた。

いつかは来るであろうと思っていた寂しい出来事が、昨日突然訪れた。私の会社生活の黄金時代、中東の地で、出会った、想い出に残るレバノンの女性だった。2005年に、私が娘と、アブダビへ旅した時、成人した娘は、子供時代に会った、レバノン人の秘書に会って二人、懐かしさの余り涙していた。家族ぐるみのつきあいだった。

会社のオープニング・パーテイーのシーン。1990年、湾岸戦争の時、秘書に託して、私も日本人スタッフも家族も、日本へ避難帰国した時のシーンも想い出す。

いつかは、来るであろうことは、突然にも、必ず訪れる。一抹の寂しさに、私は押し流され、一日が重く、暗くなった。

これからも、連絡を取り合えば、好い。いつか、私もまた、アブダビやレバノンに旅すれば好いと、気持を取りなおした。

今日は、彼女への惜別のメッセージや、応援の言葉を考える。私の人生の節目となった大切な中東時代に、立ち会ってくれて、心から感謝している。

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September 13, 2011

紙芝居、子供とストロー、真冬のチュウリップ、

先日の朝、NHK短歌で聴いた短歌の中で、勝手に私が選者となった心に残る短歌が三つ、走り書きのメモに残る。

「木陰から隠し見をした紙芝居 ヒロインはもっと貧乏だった」

「子供とは球体ならむ ストローを 吸うと 何故か寄り目となりぬ」

「認知症の父は 真冬のチュウリップ 片手を挙げて パカっと笑う」

それぞれの人生のシーンが、浮かんで来て 人生をほのぼのと想った。

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September 12, 2011

駅からの帰り道、娘との時間

昨日夜、懇親会帰りに、ちょっと酔って駅から歩いて帰宅途中、駅を出てすぐ、会社帰りの娘とばったり、「お父さん」と声をかけられ、一緒に歩いて家へ帰った。

娘の会社は、土日勤務、火水曜日が休みと云う変則勤務で、昨日(日曜日)も普通の出勤日。娘は、最近、任された、ちょっとチャレンジングな仕事に、プレッシャーがかかっていることなど、今の娘の仕事の様子を帰り道、話してくれた。

「悩んでいる時は、海を見に行けば好い」とか、私はアドバイスした。別世界の存在を、想い出すことの大事さを伝えたかった。

「問題は解決しようとしないで、学ばせて貰えば好い」とも、娘に伝えた。娘の心が、軽くなって行くようにも感じた。

ほんの短い15分くらいの、娘と一緒に歩いた、駅からの帰り道。

私は、この偶然は、神様からのプレゼントだと想った。夜道が耀いて見えた。

今日は、十五夜、満月、だと云う。今夜の中秋の名月を楽しみに想う。

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September 11, 2011

破壊は誕生に属する。 全てに仏性、アートマンが宿る

昨日の住職は、渾身の力でおっしゃった。

「取るものもアートマン(神)、取られるものもアートマン(神)。」、人間を中心としない世界観へ行き着く。

「石を投げつけられても、"貴方は仏です"と云い続けられたのが、日蓮上人であった」と、初めて住職から聴いた。

若い頃から、檀家を取らず、野に下り、何の宗派にも属さない住職が、日蓮上人観を語ってくれて、日蓮上人への偏見が消えた。

「破壊の中にアートマン(神)が見えますか?」、と過激に、住職は問う。

今の私は、「見えます」と答える。"破壊は誕生に属する。"

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September 10, 2011

アイセック、インターンシップ報告会、学生時代のメルヘン

昨日、麻布国際会館で開かれた、世界的学生NPO組織アイセック(AIESEC)の海外からのインターンシップ報告会に行ってみた。

廃棄物処理会社を経営する友人が、海外(インド・豪州)からの研修(インターンシプ)を受け入れ、日本での研修成果の発表会だった。大学時代からアイセックの名前はよく知っていたが、アイセックの活動に就いても初めて、学生から説明を聴けた。

インドから、豪州からの研修生の発表は、初々しかったこと。うっとりするほどの、純真な熱い若い力を感じた。

その若者を受け入れ、社会貢献をする、その友人の会社にも、人間のメルヘンのような暖かさを感じた。そして、この様なエネルギーも、人間の持つ、一面ではないかと、心穏かになった。田舎で、日本昔話を聴いているような、何か、ふんわりした気持になれた。

廃棄物処理産業のことを、静脈産業と云うことも最近知った。心臓から動脈が出て行き、静脈で返って行く。吐く息、吸う息。これも、禅に通じるなと、不図、感じた。

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September 09, 2011

質素は安らぎ、不幸は絆

質素であることには、何故か安らぎを感じる。自分を最小限に主張しているからなのだろうと想う。質素であれば、自然と調和できる。宇宙と一体化を感じることができる。

ちょっとした不幸も、忌み嫌ってはいけない。その不幸が、人を強く繋げてくれている。

「贅沢、幸福」、質素や不幸の、その対極にあるものは、求めている割には、得体の知れない不安を呼び起こす。

質素は、清々しい。

不幸は、人の優しさを際立たせてくれている。


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September 08, 2011

朝は赤ちゃん、夜は老人、就寝は死、一日と云う一生

朝は赤ちゃん、昼は青年、夜は老人、就寝は死。一日、一日、それを繰り返す。

朝は、好奇心が一杯に溢れて赤ちゃんになる。夜は、一日を振りかえって、来世と云う明日に希望を繋ぐ。

そのように、毎日、一日を一生に置き換えてみる。昨日の私はもう亡くなって、この世には居ない。

一日を、夜になって振りかえる時、自分の幸せが気になるより、他の幸せが気になるようであったら、素晴らしい境地。その境地には、孤独感、寂しさは薄らぎ、消えて行く。

他の喜びを我が喜びとし、他の哀しみを我が哀しみとする。私の喜び、哀しみは二の次、大した問題にはしない。この境地は、すごいと思う。繰り返し、繰り返し、住職が説く、修行の先に目指すべき境地。

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September 07, 2011

何もしてあげられなくて、

私は、毎月、食育に関するレポートを、私の(ミキプルーン関連)メンバーの方々にお送りしているが、昨日、ある方と、電話で話している時、何気なく、「何もしてあげられなくて、ごめんなさい」と云われて、その何気ない言葉に、私の感情は押し流されるような気持を覚えた。

電話を切った後、その言葉を想い出し、私の母や父が、私に「何もしてやれなくて、ごめんなさい」と詫びてるシーンを想像して、私の感情は、ドッと押し流されるように高ぶった。

また、私が、周りの人へ、「何もしてあげられなくて、ごめんなさい」と詫びてるシーンも想像して、・・・・、自分の人生が情けなく、哀しかった。

一所懸命に生きて来たつもりの人生でも、「何もしてあげられなくて・・・」

こんなに人生を謙虚に考えさせてくれる言葉があるだろうか。こんなに、人生を清らかにさせてくれる言葉があるだろうか。

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September 06, 2011

阿僧祇(あそうぎ)、永遠の覚悟、

阿僧祇(あそうぎ)とは、気の遠くなるような永遠のような時の単位。

一里四方の岩盤に、100万年に一度天女が降りて来て、その衣で、岩盤を撫で、その岩盤が磨耗する年月を、仏教では、阿僧祇(あそうぎ)と云う。阿僧祇(あそうぎ)なんて、掌中のうちの気概で坐禅をしなさいと住職は云う。

坐禅は、自分の一生とかの短い単位でやるとか、チャチな気持で座ってはものにならないとおっしゃる。坐禅は永遠に続けてやる覚悟が肝要だとおっしゃる。坐禅は、覚悟。結果も何も無い。坐禅は自己放棄。そこに無限の可能性が広がっている。

生々世々(しょいうしょうせせ)、生まれ代わり、また生まれ代わり、宇宙との一体化、永遠の魂を感じられたら、刹那も永遠も一体化する。地球を座布団に、今世も来世も、ただ座る。

修行は、自己放棄の訓練、私が始めたのではない。私の親、親の親、遠い先祖から始まり、私は、バトンタッチされて修行している存在。私の身体の崩壊の後も、私の魂は修行を続ける。それが、永遠。壮大な禅の境涯に、驚嘆し、心地好い。私は、宇宙一杯に漂う。

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September 05, 2011

無財の七施、

今朝の日経新聞に、致知出版社の雑誌広告があり、仏教の、「無財の七施」の教えが大きく紹介されていた。財産など無くても、誰でも七つの施しができる、喜びの種をまくことができると云う教えであった。

眼施(げんせ): 優しい眼差し
和顔悦色施(わがんえつじきせ): 慈愛の笑顔で人に接する
言辞施(げんじせ): 暖かい言葉
身施(しんせ): 自分の身体を使って人の為に奉仕する
心施(しんせ): 思いやりの心
床坐施(しょうざせ): 自分の席を譲る
房舎施(ぼうしゃせ): 宿を貸す

雨の日には雨の日の、悲しみの日には悲しみを通さないと見えてこない喜びに出合わせてて貰おう。そして喜びの種をまこう。喜びの花を咲かせよう。ご縁のあるところ、一杯に・・・。

日本経済新聞にも、この様なメッセージが載ることが、不思議に想う。私には、仏縁が訪れているのだろうか。

無力と思える自分にも、力を与えてくれる。

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September 04, 2011

幸せは嘘、不幸は真実

幸せの持つ薄っぺらさ、幸せは嘘っぽい。

不幸は辛いが真実。真実の真剣さがある。

そう考えるのは、人間の持つ、仏性のせいかと想う。

悲しみを越えるところに、安らぎがある。

自我を越えるところに、安らぎがある。


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September 03, 2011

嵐は人生そのもの、台風の日に、

自分が実際に見ている世界を、大スペクタクル映画の場面と思えば、大迫力に感じることができる。特に台風などの日は。

嵐の日に、じっと家の中で、過ごす一人の時間も、人間が原始的に感じられ愉しくもある。子供時代も、興味深々で、自然の猛威を眺めていた。

嵐は何か意思をもっているかのように、力強い。まるで、抑えられない、ハチャメチャな人生のようにも見える。

嵐は粗雑、静寂な日は繊細。粗雑な樹木、静寂な種子となぞらえて試る。

目に見える人生や、肉体は、粗雑な嵐みたいなものかと思う。そう思うと、滑稽で愉しい。ただ、治まるのを待つ。駄々をこねる子供が、疲れて寝てしまうように、いずれ本来の静寂が訪れる。そして、人間は静寂の美を知っている。

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September 02, 2011

蝉の声、風の盆、そしてマッカーサーの写真、そんな朝

早朝、蝉の声で目が醒めるほど、夏の終わりは、暗いうちから、蝉が激しく鳴いているように感じる。

まるで、夏休みの宿題をし忘れた子供のように思えたり。名残惜しい命に別れを惜しむかのようにも。

蝉が、何と云っているのかを想像してみる。カラスに追われて危なかったことを想い出し、カラスに「バカヤロー」と云っている声かも知れない。あるいは、今まで生きて来れたことに、大声で「ありがとう」と叫んでいるかも知れない。

蝉の声が、お経にも聴こえたり、浄土真宗の蝉、日蓮宗の蝉も。

今朝、昨日から始まった、富山のおわら風の盆の映像がインターネットに出ていた。210日の風封じの、三味と胡弓の哀愁の祭り、何故か、人生を経て来るとジーンと来る。

日経新聞には、マッカーサーが厚木飛行場に降り立つ写真が、新聞両面に広がる大きな広告に載っていた。「いい国つくろう、何度でも」とのメッセージだった。(宝島社)

これから来る台風。"蝉の声"、"風の盆"、「いい国つくろう、何度でも」。不図、ぼんやりする時間。

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September 01, 2011

ラマダン明け休暇、小田原へ

30日にアラブのラマダン(断食月)も明け、31日は、私の勤める日本のOfficeでも、特別休暇となった。

それで、私は、31日、小田原の妹の家へで掛けた。母子家庭の妹の家では、私は父親的存在。私にとっても、一緒に家族で食事する珍しい機会。

今回は、開成駅で待ち合わせて、一緒にスーパーで夕食の買い物をして帰った。買い物かごを持った妹と、兄が、ニコニコしながら、買い物をする姿、たぶん、父も母も、見たらどんなに幸せであろうかと思うシーン。

家の中では、兄妹にしかわからないユーモア、ギャグの連発。子供達にとって、私は、可笑しな叔父さんのまま。

小田原・開成の田園風景。今日は、雷の、土砂降りの大雨で散歩は断念。 嵐の日でさえも、私にとっては、想い出のメリハリ。

今日は、早めに小田原から、新幹線で東京へ向かう。

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