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July 12, 2011

「粗雑な樹木、精妙な種子」

種子は樹木になる情報を精妙に、整然と内臓している。種子は樹木になり、大木にもなり、また種子に返って行く。樹木は粗雑、種子は精妙。

年を重ねると云うことは、粗雑な樹木から、粗雑な身体から、もとの種子へ返って行く道のり。避難所生活のような仮の住居(身体・人生)から、本来の家(種子、仏性、アートマン)へ返って行く道のり。

身体も、人生も、大雑把で、確かに粗雑だと思う。死とは、破壊とは、分解・凝縮されて、精妙な種子に形を代えるだけのこと。

人生も、肉体も、夕焼け小焼けの歌を歌いながら、外で泥んこで遊んで来た子供が、家に帰って行くような風景。暫く、種子として休養したら、また、樹木になるべく芽を出して来る。

私は、今、粗雑な樹木かと思うと、人生も楽しいやら、情け無いやら、苦笑せざるを得ない。でも、精妙な種子に向かっているのなら、それも楽しみな旅でもある。本来の家に返る道のりの旅。そして、再生へ向かう旅。

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