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June 02, 2011

サラサラと流れる川のように、

一つのところに留まることが、如何によどんでしまうか、池や沼の様を想像する。

絶えず流れる川の水の、如何に清流であることか、その差は歴然。

「何事も常ならず」と云う、無常観は、サラサラとした清流の哲学だと思う。

何処かに留まりたい気持、執着は、よどんだ池のように、腐敗して来る。

ただ淡々と、「今 ここ」をサラサラと生きる。どんなに素晴らしく感じても、留まってしまえば、濁り、病みが始まる。

絶えずサラサラと流れる川のように、ただ淡々と生きる。次から次と流れて来る水は、常に輝いている。

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