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April 12, 2011

執着、水をつかむが如し

刹那とは75分の1秒と云う。刹那、刹那に変化する物、事象は、人間の五感と云う鈍い感覚には、変化しないように見えても、実は、猛烈なスピードで変化している。

人体の60兆の細胞の死と誕生も、刹那、刹那に膨大な量で生じている出来事。執着とは、その猛烈に変化するものを、留まらせようと願うこと。

執着が悪いのではない、執着出来ないことに執着するのが辛いだけ。水をつかむが如く、無理なこと。宇宙の理に反しているから苦しいのだ。

執着してよいのは、その変化を生み出している宇宙の理。真理への執着ならば、それは解脱、涅槃へと導く。

凡そ人間が持つ執着は、人間の鈍い五感が生み出す幻、五感のなせる浅はかな勘違いかと想う。

そんな勘違いの執着も、逃れられないような、愛着も感じながら、私は生きている。勘違いを、勘違いとして思いながら。


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