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March 10, 2011

渡り鳥の詩、人生の詩

渡り鳥は、高い空を群れを成して飛んで行く。互いに励ましあって飛んで目的地へ向かう。

仲間が傷ついても、親子のどちらかが傷ついても、傷ついた方を背中に背負って飛ぶことは出来ない。傷ついて飛べなくなったら、落ちて行く鳥を、ただ呆然と見守るしかない。

振り返れば、私の人生のそれぞれの時代に、隣で一緒に飛んで来た多くの仲間が、今はもういない。それでも、私は力の限り飛ぶ。隣で飛んでいた仲間を想い出して、その励ましが見えるから。

飛べなくなったら、その時は、仲間に気付かれないように、そーっと落ちて行く。大自然の母のもとへ。

そして、いつの日にか、また朝日のもと、また私が飛び立つ日が廻って来る。

それが、私の人生の詩。

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