« 桜と蝉と私 | Main | ひっそりと花見開始 »

March 31, 2011

無一物の心地好い気づき

今回の震災で、はっきり、人間が、生物が、無一物である存在に気づいた。

蓄えても、身にまとっても好い。一時的な気休めに。

蓄えても、作っても、身にまとっても、それは一時的な気休め。生活の為の、仮設住宅のような存在。

いずれかは、"無一物と云う本来の家"に帰らねばならない。

その無一物と云う本来の家は、大安心の、全てが調和した、満ち足りた家。

無一物に気づくことは、悲しみではなく、"幸せを照らす光"であったのだと想う。

|

« 桜と蝉と私 | Main | ひっそりと花見開始 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 桜と蝉と私 | Main | ひっそりと花見開始 »