「本来」の乱用
昨今の世相で、本来と云う言葉が、特に領土問題で、よく出て来て、世論が煽られ感情的になって行く恐さを感じる。
紛争当事国が共に、本来と云う言葉を使う時、交渉の余地は無く、行く着く先は戦争による解決が浮かんで来る。
本来と考える背景を、考えなければ、説明しなければ、議論にならない。
本来と云ってしまえば、問答無用。ただ、感情的亀裂が、深まり、対立はエスカレートして行く。
戦争を避ける技術は、並大抵ではない。ただ、日常の感情の表現の延長上には、何十年に一度、周期的に、また戦争がやって来る。
本来、本来、と両国が政治家もマスコミも、国民も騒ぎ立てる延長線上には、戦車の軋む音がして来る。紛争を避ける叡智・技術が、今強く、求められている。