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August 30, 2010

沈黙の食事の意味

禅の道場で、食事する時、喋らないで、ただ静かに、黙々と食べる慣わしに、何か変だなーと思っていた。

食事中に会話しては、会話に気が取られ、食物に集中出来なく、食物に対する敬意、感謝の念が薄れるからと、ある時、住職にその背景を教えて貰った。

食物の生命を奪って、自分がそれを食していることの意味は、余りにも甚大。よそ見しながらとか、たわいもない会話に気を取られて、談笑しては、亡くなった生命に申し訳が立たない様に想う。

食物として私に食べられることになった生命が、こんな私にに食べられることを嘆かせてはならないと想う。

他の生命を代表して、日々私が生かされていることへの、懺悔と感謝の念を、呼び起こすには、静かに集中して食べねばならない。

家族団欒の食事、友人との会食など、食事には、会話が大切との考え方ばかりではない世界もある。そんな静かな、食事の時もたまには、味わうことが、充実した人生には必要だと思う。

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