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August 21, 2010

善悪は夫々の人の中の面積論、

善悪、損得、得失是非など、極端に白黒の区別を付けたがるのが人の常であるが、実際は、自然界にとっては、宇宙の法則にとっては、区別は無く、ただ作用と反作用の渦巻く自然の営みがあるだけのことだと思う。

善悪、損得も、光と闇に似て、一つのセットとして存在している。ただ人間として、その見え方が違うだけ。

そして、その善悪、損得のそれぞれの面積を大きく増幅したり、縮小して生きることはできる。その面積が、人格者も犯罪者も作る。比較として、裕福な人も貧乏な人も作る。

善悪全ての要素は、夫々の人間から消し去ることは出来ない。でも、面積は、修業で自由自在。

どんなに不幸な目に合っても、自分が恵まれている要素に気づき感謝することの素晴らしさ。自分が無意識に犯している悪(罪)への懺悔の気持ちの大切さがわかる気がする。

感謝と懺悔、これが修業の両輪、何れが欠けても修業にはならないと想う。

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