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July 23, 2010

「初めてのお使い」、幼児の愛くるしさ、そして「人生のお使い」

数日前、TVで、幼児の「初めてのお使い」の特集番組を見た。

それぞれに、一所懸命な幼児の表情が、不安に立ち向かう真剣な表情が、貰い泣きする程、痛々しくなるほど、愛おしかった。

大人も、人生も、「神に命ぜられた、初めてのお使い」をしているようなものじゃないかと、不図思った。

誰しも、確かに、神に命ぜられたことがある。想い出して、歩かねばならない。

そして、お使いを済ませて、帰り着いた時、「よく頑張ったネー、エライねー」と云う声が聞こえるような気がする。人生も、愛おしい。

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