「神は寛大」、「アラー・カリム」の慰め
昨日は暑かったなー。朝、スーツの上着を手に持って、会社へ出掛けたものの、通勤途上、東横線の電車の網棚へのせたまま、中目黒で日比谷線に乗り換え、スーツの上着を失くしてしまった。
スーツの上着には、最近買った気に入ったネクタイを入れていたが、財布などは入れてなく、助かった。
何度か、東横線遺失物取り扱い所に電話したが、遂に見つからなかった。スーツを一着失ったと思うと、我ながら、自らの不注意が情けなかった。
気持ちを切り替え、仕事は、テキパキと、プロらしくこなして、会社の帰り際のこと。職場のアラブ人が、「アラー・カリム」、云った。何の意味だと問うと、「神は寛大なり」と云う意味らしい。瞬間的に、私の心の中で、何かピカツと光るものを感じた。
「これくらいの災難で終わらせてくれた神は寛大ではないか」と云う意味に感激。
確かに、人生には、色々な不快な不幸なこともあるが、これくらいで私を勘弁してくれる神に感謝とは、大きな発想の転換であった。そしてそれは、大きな慰めであった。
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