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June 13, 2010

残念な驚き、新たな気づき、やはり教わった

昨日は、住職から坐禅とヴェーダンダ哲学の話を聴く坐禅の会に、上北沢・綱島と、連続して足を運んだが、住職の直前の急用で、とうとう昨日は住職とお会いすることが出来なかった。

住職からの、会の幹事の人へのメールに、「人助けの為に急用で遅れます」との伝言であったと云う。

昨日はサイクリングの会の予定を断念して、住職の講義を楽しみにしていた中、住職の講義が聴けないのは、とても残念に思ったが、それは、新たな"気づきの機会"でもあった。

緊急時に人を助ける行為は、修業の求める境地。住職は、たぶん、間髪をいれずに、当初の予定を、ドタキャンをしてでも、その人を助けに行かれたのだろうと思った。

私は、"助けを求めた人"になりきり、住職に感謝した。私の昨日の予定が、無駄になってもよい。その助けを求めた人が、助かればよいと思えた。昨日は、住職の講義こそ、聴けなっかったものの、行動で住職は、何か大きなものを教えてくれたと確かに思えた。

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