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April 14, 2010

別世界を知ること、即ち自分への執着の放棄

昨日の哲学カフェへで、引き篭もりの人の心は、「全世界が自分で、別世界が存在していない状態」との分析を聴いた。確かに、自分への執着の極限が故に、苦しいのだろうと思った。

別世界を知ることは、どんどん自分中心の囚われから遠ざかると思う。自分を忘れる状態は、修業で目指す境地と似ている。

私が、"小さな驚き"に憧れ、"小さな驚き"を求めるのは、無意識に、別世界をいつも求めたいからだと思った。

旅や人は、別世界の宝庫、小さな驚きの源泉。

私は、旅や人に会うことで、別世界を知り、自分への執着を薄めているのだと思った。

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Comments

ごぶさたしています。

世の中は、知らないことだらけと思えば楽にいきられそうですね。
また、好奇心も湧いてきます。

Posted by: のほほん | April 17, 2010 at 01:13 PM

のほほんさん、知らない世界を発見して行くことは、自分の世界の狭さに気づき、自分の客観性に磨きがかかることでもありますし、人生修業の醍醐味と云ったところでしょうか。

私も、知らない世界が広がってる人生って憧れます。

Posted by: life-artist | April 17, 2010 at 10:48 PM

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