芥川龍之介、「蜘蛛の糸」の結末の示唆
芥川龍之介の"蜘蛛の糸"の結末のお釈迦様の様子の描写が、私はずっと気になっていた。救われようとした罪人が、また他人を蹴落とそうとする行為で、地獄へ堕ちる有名な話。
お釈迦様は悲しい表情をされまた池の淵を散歩されました。天国では、そろそろ昼餉の時間です。 というくだりに、私は、何となくすっきりしない、意外な、作家の精神の限界を感じていた。
人間の煩悩に振り回される日常を批判して、それでは救われませんと厳しく断じておいて、お釈迦様にとっては、日常の見慣れたことで、昼餉の様子と対比するところが、芥川のニヒリズムだと思う。
悟りを拓いた境涯ならば、自らは天国に留まらず、自ら地獄へ飛び込み、罪人に地獄は無いと説いただろうと私は想う。蜘蛛の糸で一人づつ、勿体つけて地獄から、選んで人を救う行為は、まさに二元論のなかでのもがき。
作家の心の中では、心穏かでは無い状況を、お釈迦様の昼餉の様子で、覆い隠してしまっているのでは無いかとも想う。それが、作家の自死へ繋がった、弱さであったのではと私は想像する。
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