感覚の惑わし、大海は見えず
「動物的人間は感覚の中に生きている。食べ物が十分にあれば幸せ。肉体に何か起これば不幸である。
彼の幸せも不幸も、感覚の中で始まって、感覚の中で終わる。彼の感覚の外に幸、不幸は無い。幸も不幸も、自分が作りあげている。感覚が高まる毎に、不幸も増して行く。」
一昨日住職から聴いた、ヴィヴェーカナンダの哲学のメモを見る。
五感六識の運転を止めて、感じる世界は、波は見えず、大海のみ。
日常にもありうる我を忘るる瞬間、それは凄い瞬間ではないかと思う。それこそ宇宙と一体化して、大海を垣間見ている瞬間ではないのか。悟る主体は、自ら悟りを感じることは出来ない。唯、我を忘れるのみ。
Comments