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November 12, 2009

自分の意思か?、宇宙の意思か?

一昨日の哲学カフェで、再度「自由」と云うテーマでの議論があった。自由と云えば、「自分にとって何が、本当の自由なのか?」と云う命題を、再度、参加者は深く考える機会を得た。

そして今朝、私は不図、思った。今、私が望んでいること、「私の自由」は、私の意思なのか、宇宙の意思なのか?と。

個々の人間が"私と思っている存在"は、突き詰めれば、何億年の経験が遺伝子に組み込まれた印象・気分の総合計であり、それぞれが、宇宙の現象、エネルギーを表していると。(ヴェーダンダ哲学)

個々の人間は、宇宙の意思を現す存在であると思うと、自由も不自由も、宇宙の意思の手の上にいるのだから、どちらでも良いではないかと、楽な気持ちになる。

自由について、本当の自由に拘る気持ちは、自分と云う存在への執着がなせる技、執着の所産が故に、真理を見ることが難しいのではないかと、私は思った。個々の人間の自由・不自由と云う概念を超越して、宇宙は、永遠に安らぎ、単純にして美しく調和しているように見える。

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