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October 23, 2009

想い出になる東京案内の予感

去年3月、ガンで亡くなった大学時代の仲の好かった先輩の、奥さん・息子さんが、11月、仙台から、三田祭に合わせて上京し、亡くなった先輩の大学時代の下宿のあった街など行ってみたいとの連絡を受けた。

亡くなった先輩は、さぞかし、嬉しかろうと思った。亡くなる数日前、仙台の病院に見舞った私の手を、しっかり握って、特攻隊の別れの場面のように、目で合図して、今生の別れをしたことを想い出す。

先輩の、大学時代のゆかりの地を、色々案内することは、とても嬉しい。武蔵小山の下宿のあった場所、商店街、大学の校舎、好きだった靖国神社もどうかななど、思いめぐらす。

先輩の同期だった人もちょっと声をかけて、数人で、会食する機会もあったらとても好いとアイデアが膨らむ。ご家族に東京を案内することは、私にとっても、先輩の大きな供養にもなると思う。

このような、予期せぬ人生の、展開が、私は大好きだ。生きている実感を感じる。先輩と、冗談云いながら、酒を酌み交わした日々を想い出す。今度、息子さんとも、一緒に飲めるのも、光栄に思う。素晴らしかったお父さんのことを、沢山、話してあげようと思う。

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