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August 08, 2009

荘厳で、心地好い孤独死の存在

大原麗子さんの死を「寂しい孤独死」の結末と、憐れむのは、何かぴったりこない。世間の薄っぺらな、野次馬の深く考えない人たちの浅はかさを感じる。

動物は、生物は、元々、死に逝く時は、人知れず一人、自然に死に逝くのが、寧ろ当たり前。誰かに、看取られながら逝くのは、幼児っぽい、人間社会の甘えではないかと思う。

お世話になった人達への感謝、出遭った人生への感謝を想いながら、一人で逝くのは、寧ろ、心が落ち着き、荘厳で、心地よい死に方ではないかとさえ思う。1週間後でも、何時発見されるかは、たいした問題じゃない。

何時も、パーテイーをやってるような生き方は、寧ろ、あまりにも未熟な精神で、寂し過ぎると私は思う。大切に思う人こそ、自分の死に惑わされずに、元気に生きてもらいたいと思う。だから、人知れずひっそりと逝くのが好い。寝かしつけた子供を起こさないように、ソーッと枕元を離れるのが好い。

大原麗子さんは生前、修業中に餓死で逝きたいと言っていたと云う。病気もおありだったが、徐々に衰弱して、ベットの上で、穏かに、静かに、逝かれたのではないかと、私は想像した。

それも、修業を経た精神の、荘厳な、心地好い逝き方ではないかと、私は思った。

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Comments

世の中、大人じゃない大人だらけです。
こちらの「大人」のブログを読み続けたらばかな私も少し、利口になれそうです。

YouTubeで、何度もサントリーのCMをみてしまいました。たまらなく魅力的です!!

Posted by: 花 | August 08, 2009 at 10:12 AM

花さん、生死観は、野次馬的な世間やマスコミとは、かけ離れたところに、持ってることが、自分が生きてる証だとも思います。

堂々たる、理想的な孤独死もあると、私は思います。コメントありがとうございました。

Posted by: life-artist | August 09, 2009 at 12:36 AM

大原麗子さんの、死は、ちょっと衝撃を受けました。
自分の名前と重なって、美貌と魅惑的声で憧れの方だったので。

でも、彼女は、最後まで、やっぱり、大原麗子さんでした。
自分の人生を、自分で貫きとおし、死をもって終日・・・

あっぱれ!!だと、思いました。

Posted by: ひまわり | August 18, 2009 at 07:50 PM

ひまわりさん、確かに、大原麗子さんは、あっぱれでした。

自分の生き方に、たぶんもどかしさや、不満足も感じながらも、そのような生き方をしなければ、収まりがつかなかったのではと思います。

強さと弱さに、限りない人間らしさを感じます。

Posted by: life-artist | August 19, 2009 at 03:54 AM

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