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February 17, 2008

哀しみに遊ぶ

人生には喜びと同じ分量の哀しみが用意されているように思う。逆から云えば、哀しみの分だけ、喜びもある。

そして、過去に味わった哀しみの激しさに応じて、今の哀しみは、柔らかな哀しみに感じられる。

色々な哀しみを経て来た人間が知ることのできる境地、それは「哀しみに遊ぶ境地」。それくらいでなきゃ、修行した甲斐がないと思う。

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Comments

life-artistさん おはようございます^^

朝一番のご訪問ありがとうございました。

味わった哀しみには、プラスアルファーがあるってことでしょうか。

Posted by: リリー姫 | February 17, 2008 at 10:21 AM

おはようございます。
今日のブログとても共感できました。
本当にその通りだなと
そしてそんな境地になれることで
人間的にも成長しているのかな?
とも思いました。

Posted by: はなこ | February 17, 2008 at 12:24 PM

リリー姫さん、味わった哀しみは力強い免疫力になるような感じですね。色んな哀しみが、かすり傷程度になれば、素晴らしいですね。

Posted by: life-artist | February 17, 2008 at 08:12 PM

はなこさん、哀しみに遊ぶ境地、何となく共感頂けましたか。コメント有難うございます。

私も、そんな境地をちょっと感じることで、修行が進んでいる気持ちになれます。ちょっと強くなれて、穏かになれた気持ちですね。

Posted by: life-artist | February 17, 2008 at 08:21 PM

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