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September 18, 2007

人間としての勘違い

人間は、「肉体が私であり、肉体は他と関わりなく存在している。」と勘違いをしていることが多い。

だが、目を造ったのは光の存在だった。光が無ければ、目は要らなかった。耳を造ったのは、音の存在だった。先に在る存在に対応して、肉体は出来上がった。

人間と云う存在は、宇宙に対しての、対応物としての存在であった。

そこから、自分自身も、人間の存在も自然現象の一部として調和し、永遠に安らいでいる存在だとも思えて来た。8月末の伊豆坐禅道場以来、昨日お会いした住職の言葉から得た思考。

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