« February 2006 | Main | April 2006 »

March 31, 2006

小田原城で戦国武将

小田原城下の広場には、戦国武将の鎧・甲冑姿の貸し衣装のサービスがある。茶目っ気を出して、着用してみた。私は鎧・甲冑姿が似合ったらしく、近くの観光の人たちが、沢山近寄って来て、芸能人並に、記念写真を沢山せがまれた。

着る前は、ちょっと気分は落ち気味であったが、自分を鏡でみて、まんざらでもなく、おいちの方の夫であった浅井長政などを想像して、一人満悦した。デジカメが故障で、使い捨てカメラで写真を撮ったが、後日CD化したら、ブログにアップしてみようか? とも思う。我ながら、バカみたいな行動。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 30, 2006

娘の新鮮な一面

昨日、娘とノルウェーからのゲスト(日本の建築の勉強に来日中)が、意気統合して話している様子をみて嬉しかった。英語は得意でなく、人見知りするタイプの娘が、結構楽しそうに話をしているのが、驚きだった。

娘は4月3日から就職先での新入社員研修が始まる。4月1日~2日に建築家・安藤忠雄の作品で有名な、岡山の直島に一人で行く、ノルウェーの彼女に、そんな娘が一緒について見に行きたいなども云っていることにも驚いた。

二人に気づかれないように、自然体の写真を撮った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 29, 2006

日本史の英語

日本史年表の英語版を読んでると、とても新鮮で面白い。

例えば、征夷大将軍は"Barbarian subduing generalissimo", 三種の神器は"Imperial regalia"、方丈記は "An account of my hut"、更級日記は"As I crossed a bridge of dreams"など。

更級日記などは、訳を聴いただけで、読みたくなる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 28, 2006

北九州空港体験予定

4月に九州大牟田に帰省するのに、宿泊券つき往復航空券の割安チケットを購入した。佐賀空港に降り、大牟田ヘ行き、一泊は鹿児島のホテルに泊まり、新しい北九州空港から帰ってくるプランを立てた。

私にとっては、佐賀空港も北九州空港も、新しい体験になる。これも、小さな驚きを求める私の行動。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 27, 2006

心も自然がなせる造形?

あらゆるものを、自然がなせる造形と考えると、その形を造った所以も知りたくなる。

人の心も、様々な微妙な展開をするが、それも自然がなせる造形かも知れない。その心に至る道は複雑神秘でもあるが、また道理にもかなった自然の営みの一部かも知れない。

周りの人の性格が自分と合うとか合わないとかはあるが、それも自然がなせる造形のように、岩や山や木や草を見るように、見れたらと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 26, 2006

横浜大桟橋は巨大な公園

2002年に再整備が完成した横浜大桟橋ターミナルは、屋根が巨大な公園になっている不思議な建物だ。国際デザインコンペで選ばれた作品とのこと。板を敷き詰めた大きな自然の曲線は、自然の丘の上にいるような気持になる。ところどころに芝生もベンチもあり、もう一つ山下公園が海の上に出来た感じもある。

この公園の下に、出入国ロビーや、ホールがある。たまたま、昨日訪れた時には、Jazzの生演奏もしていた。

まだ、この大桟橋を訪れる人は少なく、これは穴場かも知れないと思った。横浜の中心でありながら、雑踏を避け、のんびり、寝そべって海を見れる場所かなと思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 25, 2006

花見ならゴザで

まもなく、桜のピンクの列島になる、美しい国、日本。心ゆくまで、その色を味わいたい。

ある人が、桜の名所等でよく見かける青いビニイルシートを敷いての宴席に興ざめするので、せめて花の下では、茣蓙(ゴザ)にして欲しいと云っていた。

確かに、桜を愛でる行動にも、人々のなかでも大差がある。サラリーマンの職場の花見は、花を愛でるより、仕事の延長で、美の鑑賞には縁遠い観がある。それが周りの、真に桜を愛でたい人には、興ざめになることも多いだろう。

芸術や美を、真に味わうには、一人静かに、その芸術や美と対峙できる環境が大切だと思う。そうすれば、桜の名所ではなく、自分が、こっそり見つけた、名もない近所の桜が、最高の美かも知れない。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

March 24, 2006

樹齢1000年の銀杏の木

鎌倉、鶴岡八幡宮に樹齢1000年余の銀杏の大木がある。1000年前を想像してみた。

995年、藤原氏の黄金時代が始まる。(藤原道長)
996年、「枕草子」が流布する。
1008年、「源氏物語」の主要部分完成
1051、前9年の役、陸奥の阿部頼時父子攻撃される
1053年、平等院鳳凰堂落成
1059年、「更級日記」の完成

1000年前は、 枕草子・源氏物語・更級日記の時代だった。 境内の梅や桜をみると、とても豊かな気持になった。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 23, 2006

ミルク風サラダ油

いつも、喫茶店で出て来るコーヒーフレッシュには、牛乳・生クリームは一滴も使われていないことを改めて知った。(「食品の裏側」 阿部司著)。

コーヒーフレッシュの原材料は、植物性油・カゼインナトリウム・加工でんぷん・グリセリン酸脂肪酸エステル・増粘多糖類・クエン酸・クエン酸ナトリウム・カラメル色素・香料(ミルクフレーバー) とのことであった。

他のソースの勉強で知ったが、ここで、云われている植物性油は、椰子油のこと。椰子油は植物性と云われながらも、例外的に性状は動物性油と同じく、常温で固まる性質。暑い国の産物だからだろうか。現代人は、動物性油の摂り過ぎが生活習慣病のもと。

添加物大国の日本人が、知らず知らずに摂る添加物の量は、1日10g、年間約4kg。生涯で、小錦関 くらいの大きさの添加物を食べることになる。食物繊維等で、排出しなくては大変なことになる。

ボーっと生きてる日常は、不思議な「もどき商品」に溢れている。肉体は自分の魂を乗せて走る船のようなもの、自分の人生の船長としては、その船体の管理は、とても大事だと改めて感じる。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 22, 2006

指定券のリスク体験

先日、日帰りでの新潟行きを計画し、前日昼に新幹線の往復の指定席特急券を購入した。そして、前日夜に急遽中止する事情が起きたが、またその特急券は、後日使えると思い安心して放っておいた。

ところがその後、駅の窓口で唖然。予定の指定席に乗れない時は発車時刻の前に、変更か払い戻しをしないと、翌日には全額がパーになることを告げられた。当日だけは、別の特急には特急券は有効だが、翌日は、無効になってしまうとのこと。特急券無効の判子を押された切符をみて、我ながら無知は金がかかると情けなくなった。

最近、JRの大人の休日クラブに入会したので、5/15~5/25は、新潟・仙台・山形・長野・函館までも、乗り放題6,000円のキャンペーンを利用して、沢山旅行してリベンジしよう。よしプラス思考で行こう。


| | Comments (6) | TrackBack (0)

March 21, 2006

"配慮の暴力"への住職のコメント

坐禅道場の住職に、"配慮の暴力"(3/13の記事)について、心のなかで如何に解決すべきか問うた。

原因と結果を解決としてみるのではなく、その体験から、学び、心を深くすれば好いと云われた。自分の意図が伝わらなかった時に怒るのは、エゴ性。

人の本質は、"光リ輝いている存在"、それをヴェーダンダ哲学では"アートマン"と称する。それはエゴと云う雲に包まれて、闇がかかっている。エゴに包まれても、完全に闇ではない。人は雲が私だと勘違いしてしまう。

エゴの闇が晴れた時、満点の月、光リ輝く存在、アートマンが現れる。それが悟り。

雲に包まれた、光り輝く存在を感じながら、今朝の朝日を見る。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 20, 2006

レンタルの袴のパンフレット

25日は、娘の大学の卒業式。レンタルの卒業袴を借りるらしい。

街で、レンタル袴のパンフレットを見て、一冊もらってきた。パンフレットのページをめくりながら、娘の袴姿を想像して、感慨無量になる。

卒業式には、出ないが、どんな様子か気になる。後で写真を見せてもらおう。自分の大学の卒業式の日も、こんな天気の好い日だった。その時、九州の両親に、真っ先に挨拶しただろうか?両親はどんな気持だっただろうか?そんなことを思う。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 19, 2006

次郎長親分マント

卒業シーズンで、卒業衣装の袴姿の女学生の姿は駅でよく見かける。数日前、その女学生と話している若い男性が、まさに時代劇でみた清水の次郎長の映画で見たようなマントをまとっていた。

勘違いなのか、何なのかわからないが、とにかく、懐かしい江戸時代のマント姿。富士山を背景に、松並木の見える白い砂浜を数人、早足で歩く、ばっちょ笠の渡世人の光景を思い出す。 広沢虎三の浪曲の世界。

何で、こんな格好の人が駅にいたのだろう。勘違いかな、いまだに頭をかしげる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 18, 2006

親の親の親・・・・・

親の親の親の親と・・・・想像していくと、神秘的な世界に吸い込まれて行く。その人と会ったら、全然自分には関係なさそうに思えるだろう。そっくりな人もいたりして・・・。

その、遥かに永遠のように続く先に、人間ではない世界にも入って行くのだろう。この物体が? と思う生き物に到達して、その先は、「大自然」か?。

考えることに疲れて、「まーいっか」。 と今日も日常生活を送る。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 17, 2006

不思議の国のアリス

日本に初めてやって来たノルウェーの女性の日本への驚きに、こちらも、何気ない日常が驚きに満ちていることを思った。

"不思議の国のアリス"にでもなったように、色々なものが、珍しく感じているようだ。昔の下町の感じの残る日暮里の日本旅館に泊まり、六本木や銀座を一人で歩き廻って、不思議な国、日本を感じている。

駅前の工事現場の工事中の三角錐のサインや警備の人の様子、家の軒先にかかる仕舞い忘れた風鈴など、色んなものを、きょろきょろドキドキしながら見ている。

人間も幼い頃、世界がみんな新鮮な好奇心をそそる世界だった時期がある。旅はたぶんそんな気持に似たものを与えてくれるのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 16, 2006

萌えいずる春

「岩ばしる、垂水(たるみ)の上のさわらびに、萌えいずる春になりにけるかも」、昨日訪れた友人の家の和室の掛け軸に書かれていた万葉の和歌。 障子を開けると、庭には白い梅の花。

「そうだ、京都ヘ行こう」とJRのポスターみたいなことを口走りたくなる気持になった。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

March 15, 2006

横浜駅西口建築の名所

JR横浜駅西口のTower of Winds(風の塔)を見たいと、ノルウェーから日本の建築を勉強に来たゲスト(友人の娘さん)に云われ、横浜の住人の私は、何のことだかわからなかった。

調べてみると、タクシー乗り場の前にある、伊藤豊雄設計の地下駐車場換気塔のことであった。1986年、設置当時は、内臓された各種センサーに反応し、光がダンスを踊る仕掛けがあったそうだが、現在は、電気代や維持費の問題で稼動していないとのこと。有名な建築なのに、人知れず埋もれてしまった感じである。

何気なく、通り過ぎる街の光景のなかに、知らない出来事が、沢山詰まっている事がわかった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 14, 2006

英語の感動、桜の乱

昨日、建築の勉強で来日中の、ノルウェーの友人の娘さんが手にしていた英語の旅行案内 Lonely Planet の日本紹介記述に、強く心が揺り動かされた。

Before the riot of cherry blossom・・・ と書いてあった。 桜が一斉に開花する様子を、彼は"乱"、"騒乱"と表現していることに、素晴らしい芸術的な感動的を覚えた。

確かに、日本が、その一週間は、ピンクの世界に変る様を、 "桜の乱"と呼ぶことで、また活き活きとした美の世界を感じることができる。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 13, 2006

配慮の暴力?

"配慮の暴力"と云う言葉の存在を知り驚いた。 障害のある人への周りの配慮が、返って障害のある人を痛く傷つけてしまうことがあると云うことである。健常者と同じように扱われない自分を、惨めに感じる辛さのことである。

確かに、云われて、ハッとした気づきである。自分は、素晴らしい、優しいことをしているつもりが、受け手側の心理では、心理的暴力になっていることもあると思うと、深く考えさせられる。

自分のとげに気づかずに人は生きているかも知れない。また、とげは、自分で造るものもあれば、受け手が造るものもある。

ただ、他人には、測り知れない宇宙があることを知りつつ、自分を評価しなければならないと思った。

| | Comments (8) | TrackBack (0)

March 12, 2006

目に見えない自然

筑波大学の村上和雄先生は、目に見える自然と、目に見えない自然があると考える。肝心なものは目に見えないのかも知れないと云う。 人の遺伝子研究から、彼が「サムシング・グレイト」と呼ぶ、存在を信じるようになった。

目に見えない程小さな、人の遺伝子のなかに、万巻の書物のような情報を書いた存在に対する畏敬の念である。全ての生命の親は、石ころじゃない。

「サムシング・グレイト」からみれば、人間が、偉いだの偉くないだの云っても、みんなチョボチョボだと村上先生は云う。人間としての存在が余りにも幸せ過ぎることに気づいて欲しいと。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

March 11, 2006

最重要人物

嫉妬や不満など人間関係の問題の根本にあるものは、「自分を最重要人物」として扱って欲しいと云う願望であると、パーソナルイメージコンサルタントの稲垣節子さんは云う。

集合写真を見たら、真っ先に探すのは自分の姿ではないですか? ムッとするのは、私を粗末に扱ったと感じる時ではないですか? と。

そして、何故人間は、そう思うのかと云えば、かつて自分は神の末裔として、最重要人物として扱われた記憶が遺伝子のなかにあるからと云う。 VIPがVIPに対応するように接するのが、人間関係のあり方ではないですか? と云う。

この考え方は、素晴らしい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 10, 2006

事実は一つ、考え方は二つ

日本ブリタニカの営業で世界第2位の成績をとられ、現在は営業コンサルタントをしている和田裕美さんの言葉で、「事実は一つ、考え方は二つ」と云うのがある。

彼女は、自分は全く営業に向いていないと思っていたが、考え方を変えることで、人生を一変させている。 事実に前向きなプラスの意味を持たせる考えである。 彼女はこれを「陽転思考」と呼んでいる。不幸な出来事、ついていないと思われることにも、これがあったから良かったんだと考える思考である。

人は、どんなことにも不幸になれる。 そして、前向きにもなれる。 考えかた次第。 全く同感。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 09, 2006

ネッシーに新説?

昨日、駅の新聞スタンドで、「ネッシー怒る。象じゃない」と云う見出しの東京スポーツ新聞に興味が湧き、すぐ買って読んだ。

英国のニール・クラーク博士(古生物学者)が、ネス湖の恐竜の写真を、「象が鼻を延ばして泳ぐ姿とそっくり」とBBCテレビで発言したと云うのだ。こんな説が出ては、東スポも黙っていられない。 日本の専門家達も揃ってNO!。象説なんて、新説でなく、否定された古い説と一蹴している。

因みに、上野動物園の飼育係の話では、象はものすごく泳ぎは上手なんだそうです。プロレスで有名な東スポも、沢山の、面白い驚きを与えてくれた。

2006年3月8日の一面トップは、「ネッシーは象じゃない」と記憶したら、人生も可笑しいげど楽しい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 08, 2006

ハミリ石油大臣

昨日インタ-ネットのニュースでOPEC総会前に、アラブ首長国連邦のハミリ石油鉱物資源相のコメントが報道されていた。2003年6月、アブダビ を旅した時、当時アブダビ国営石油の取締役販売部長だった彼に電話して、彼のオフィスを訪ね、旧交を温めたことを想い出した。当時、彼が将来の石油大臣になろうとは、想像だにしなかった。

彼は、今、大臣として、色んなこと忙殺されていることだろう。海の見える彼のオフィスでアラビック・コーヒーを飲み、のんびり世間話をしたことを想い出す。

将来、彼が、リタイヤして、また時間がとれるようになったら、のんびり、OPECの話など聴けたら好いなーと思う。人生では、周りに、このような驚きの展開もある。不思議な人生。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

March 07, 2006

食育指導士の動物反射

週間東洋経済3月11日号に「食の裏側」と云う記事が載っていた。NPO法人日本食育協会の食育指導士の認定を最近受けたばかりの私としては、そのような雑誌は動物反射的に買ってしまう。先日、このブログでも紹介した阿部司さんの記事だった。

食の勉強は、奥が深い、人生そのものだとも思う。 どんな勉強よりも先に食を勉強すべきだと、今では思うようになった。 人間は、物理的には、食べたものの化学変化で生きている。 食べたものの成績表を毎日、心と身体に表現しながら生きている。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 06, 2006

娘の旅

今年大学卒業する娘が、今日から、気のあった友達と3人グループ で数日ベトナムヘ旅する。小さい頃、よく遊んだ子供が、今では、海外にも平気ででかけることに驚く。旅の驚き、人との出合い、沢山のことを勉強して欲しい。

そして、これから就職して、人生観が色々変って行くだろう。人生の節々で、父の想いを、じっくり伝えられるようになりたいと思う。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

March 05, 2006

全ては同時に

"凄い幸せ"、"凄い不幸"、そして"退屈な日常"も全て、同時に起きていることではないかと今朝、不図思った。同時に起きているのではないかと云うのが、今朝の新発見。

どのチャンネルで人生をみるか、自分の脳が決めている。 チャンネルは一度合わせても、毎日調整しないと、幸せの番組は見れない。自分自身が、演出も映画監督もやっている。

日本昔話の龍の背中に乗るように、自然の背中にぴったりくっついて、自然を感じながら生きれば、幸せのチャンネルに合わせられるのではないかと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 04, 2006

精神的充足と病気

新谷弘美著「健康の結論」(弘文堂)の中で、印象に残る記述があった。

幸せであることが病気を防ぐ。ストレスを受けると交換神経が優位になって、白血球の顆粒球が増え、正常な細胞まで攻撃する。胃潰瘍・十二指腸潰瘍・潰瘍性大腸炎などにもなりやすい。

前向きな気持でいれば、副交換神経が優位になり、癌細胞にも強いリンパ球が増加する。

結局、「幸せを感じられる力」が、治癒力にもなると云う医師の指摘が新鮮だった。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 03, 2006

胎児との再会報道

ハンセン病の女性の何十年振りかの自分の胎児との再会の報道に絶句した。女性は、胎児の足の指を1.2.3.4.5と数えて嬉しくて泣いたと云う。人生には何と云う過酷なことがあるのだろうと思った。

合同慰霊祭に向けて、こどもの着物を揃えている80才代の女性の姿に、言葉をなくした想いだった。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 02, 2006

人の為か? 自分の為か?

人の為、社会の為と思うことは、私はとても美しいと思う。一方、そう云うと、それは綺麗事で、結局は自分の満足の為ではないかと反論する考えもある。

感情を抜きにして云えば、自分の為にもなり人の為にもなることをやっている時、周りが、"人の為"の部分に着目するか、"自分の為"の部分に着目するかの、見る人、聴き手側の心次第。 どちらを見るか、なのだろう。

"人の為"に動いてくれていると思う心は、感謝を生み、心を穏やかににし、健康で明るい性格を形成する。

「結局、人間は自分の為に動いている 」と思う人には、他人への感謝は生まれず、孤独な結末を迎えるのではないだろうか。

周りが、人の為に動いてくれている事を、何倍にも拡大して感じられたら、もっともっと幸せになれると思う。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 01, 2006

子供としての自分

親が生きている時、自分が成人してからも、親にとってどんな子供だったのかを思った。 思いが伝わらなくて辛い想いをしていただろうな、と今思うことが多い。

人間には、何故、このようなズレが生じるのだろう。耳を澄ませて、心の受信機を磨いて、愛されていることを感じることが出来たら、もっと幸せになれるのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« February 2006 | Main | April 2006 »