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December 21, 2005

浅野内匠頭、自刃の地

先日、歩き慣れた新橋を歩いていたら、新橋4丁目に、石碑を発見した。 近づいて見てみると、浅野内匠頭 自刃の地 と標されていた。 田村右京太夫屋敷跡で、そういえば、この辺は田村町と云われる地名があることを思い出した。

今までに、何度とこの辺は歩いたこともあり、翠園と云う中華料理屋さんもあり、慣れた光景だったのに、気づかなかった。 石碑を 繁々と眺めながら、赤穂浪士の場面を想い出した。

つい先日、東京シテイーガイド の有志で、両国・吉良邸から三田の泉岳寺まで(12km)浪士を偲び、浪士の引き揚げの道を歩いたばかりだった。その引き揚げの道のルートには、この内匠頭自刃の地は入っていなく、浪士は実際、通らなかったのだろう。

300年前、この地で、内匠頭が、辞世の句 「風さそう花よりもなお我はまた 春の名残を如何にとやせん」を詠んで此の世を去った。 都会の雑踏のなかに、元禄の一陣の風が吹いたような感じがした。

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