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October 05, 2005

愛の受信機の整備

人は、自分が、どれだけ愛されていたか、どれだけ愛されているか知らない事が多い。 静かに、一人、大自然と対峙している時、一人でいる時、そっと心や耳を澄ませてみるとわかる事がある。

今、両親が亡くなって10年以上経って、どれだけ自分が愛されていたか、その愛情がどれだけ深かったを、今やっと察することができるような気がする。 そして今、誰から愛されているか、どれだけの強さで愛されているか、そのことを感じる受信機を整備しておかねばと思う。

人は、自分が愛されていることに、気付かなかったことに対して、後で、哀しくて、口惜しくて、涙が溢れる。 人は日常生活で、あわただしく、よそ見もしながら、薄っぺらな価値観に惑わされて生きていることが多い。 強い愛情も微弱な愛情も気づかないことも多いと思う。そして身勝手に、一人ぼっちの気持で、何となく生きていることが多いと思う。 でも、自分が愛されていることに気づくことで、生きることは、ずっしりと重い、感動のひとときの連続になるように思う。

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Comments

おはようございます。♪
心が爽やかになる記事を拝見できて嬉しく思います。
両親の愛は深く大きなものであったことを私も今痛感しています。 3人姉弟のまんなかで、いつも叱られたり僻んだりして来たように思い出されますが、姉は第一子 弟は敗戦後に授かった男児むりもない事です。 日の暮れるまで遊びまわっていた私をアンジテくれていたのですね! そして、少しばかりひねくれた受けとめ方をしてきた事に気がついたのも最近です。
こうして立派な方とお話しできる私は幸せ者であります。(^・^)

Posted by: 千里 | October 05, 2005 at 10:54 AM

千里さんもそうですか? 私は、今頃、親の愛を 痛いほど感じるようになりました。 亡くなった後に気づくことは残念ですが、それでも、そのことに気づくことは幸せです。

Posted by: Life-Artist | October 06, 2005 at 06:52 AM

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