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July 09, 2005

清原とイチローの目標設定の違い

数日前、姉からもらった雑誌"President"7.18号に、清原とイチローの目標設定の違いについての記述があった。

清原は、憧れの巨人軍に入団を果たした直後から、長いスランプに突入した。 これは、脳が目標を達成したとたん、目標を見失って、脳の活性が低下した例と云う。 一方、イチローは、もっと野球がうまくなりたいと云う、目標の日々の再設定と、そのプロセスに意味を見出していると分析。

確かに、人生の目標設定の仕方は、極めて大切と思う。 巨人に入りたい。 横綱になりたい。社長になりたい。 持ち家を持ちたい。 医者になりたい。 結婚したい。 好きな車を買いたい。 などの目標は、極めて陥りやすい目標設定だと思う。 子供っぽい目標とも云えるかも知れない。

目標のなかに、自分の精神性を高めていく、修行のようなものを入れ、そこに意識を集中していないと、表面的な、薄っぺらな、目標と化し、目標喪失と失望をもたらし、むしろ不幸さえもたらすこともある。 車のナビゲーションの目的地設定の時に、目的地に、精神性を吹き込んでいいいないと、人生も足元をすくわれると思う。 好い記事を読ませてもらった。

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Comments

二つの目標設定の違いは、結果志向とプロセス志向という違いだと思います。
成長型社会におけるサクセスには結果志向の行動が有効でしたが、成熟型社会においては、サクセスという価値にとらわれないプロセス志向の行動が有効といわれます。
すなわち、「なにができたか?」でなく、「自分はどこまでできるか?」を問うのであり、他者の基準による評価でなく自己評価が基準になります。

イチローは常に身体感覚を研ぎ澄まし、自己との対話をしているそうです。一つ一つの打席のデータは彼の”身体の記憶”として刻まれているそうです。彼は「小脳」がとても発達しているそうです。
『イチローイズム』という本を読みながら”これって禅の修行に似てる”と感じたことを思い出しました。
「作法」という型によって身体と環境との関係の質を高めていく、という修行方法を開発された道元禅師を尊敬しています。

久々に『イチローイズム』を読みたくなりました。ありがとうございました。

Posted by: かよこ | July 09, 2005 at 09:38 AM

かよこさん、社会学的考察をまじえたコメント、頷きました。 禅の修行のことにも触れられ、嬉しく思います。 私も禅を修行しています。

Posted by: Life-Artist | July 09, 2005 at 03:58 PM

ちょうど、高岡英夫著「武蔵とイチロー」(小学館文庫)を読み終えたところで、興味深く読ませていただきました。
この本は主に宮本武蔵とイチローの身体感覚、ことに脱力と中心感覚の共通点について書かれていて、とても面白かったです。
その中にもイチローが「自分の体の感覚こそがいちばん大切で、マスコミとか他者の表面上の評価に注意を向けない」ことが書かれていて、うむ・・・と思いました。

Posted by: なかだ | July 10, 2005 at 09:46 PM

なかださん、イチローの自分の感覚を大事にするところは、黙々と修行する僧のようにも感じます。 素晴らしい人生観だと思います。 コメント有難うございました。

Posted by: Life-Artist | July 12, 2005 at 06:11 AM

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